230のミニカー入手

気が付けば、というか忙しくしているうちに更新が1年以上滞っているこちらのブログ。どう見ても放置状態。いかんいかん。

さて近況だが、先日、トミカリミテッドヴィンテージの1/43(要するに大きいやつ)、230セドリックを入手した。

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本命のパトカー仕様。定価で税込7,992円もする。もちろんダンナだって1/43のミニカーに8000円近く出す力は無いので、「欲しいな~」と思いつつ指をくわえて見ていたわけだが、最近在庫処分にかかったのか大幅に値崩れしたので、我々庶民にも手の届く値段になったのだ。

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値段が値段なだけに、もう1台買ってしまった。同じ顔のは面白くないので後期型GLを。子供のころ近所でよく見た。パトカーは俗にいうスタンダード顔で、前期型と後期型の区別はないが、このモデルは後期型。こう並べると「西部警察」を思い浮かべる世代である私たちが、この製品のメイン購買層なのである。

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後期型ゆえ、3連テールランプ中央にウインカーが入る。ランプ間のモールデザインも前期型はシンプルなデザインであった。こう見るとパトカーは同成型でメッキされていなかったんだな。

にしても、子供のころ「熱烈に欲しかった」230セダンのミニカーがこうもあっさり製品化されるとは時代も変わったものである。このミニカーの出来など秀逸としか言いようがなく、このテールランプだけでもニマニマ眺めてしまう。230~430についてはミニカーで出ているものは全部欲しいが、もちろん財布が許さない。

まあ、230のモデルが全く無かったかというとそうではなく、

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この写真の左側、トミカダンディにグロリアバンがあった。バンなのでスタンダード顔をしており、ダンナお気に入りの一品。子供のころ、これのパトカーを持っていたのだが西部警察スタントごっこをしていて壊してしまい、今は廃車体状態。写真のは阪神淡路大震災の前に、播磨観光タクシー氏と行った淡路島の玩具屋で見つけたもの。グロリアなので右のセドリックとはボンネットフードのプレスが異なる。縮尺も1/49とやや小さい。

このバンをこういう風に持ってね、

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「セダンに見える!」と楽しんでいた、そういう人は他にもいるに違いない。アホか、という人は我々世代の奥深き精神世界を・・・、まあここまで読んでないわな。

そこで実車の写真を前にも紹介したよな~、と思っていたのだが330以降だった。230はスキャンすらしていないではないか。

今日はもう寝よう・・・。


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一畑薬師へ

松江市役所を西へ行くと、一畑電車通称バタデンの乗り場があるはず。にしても、以前感じたより距離があるような・・・。トシか?

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松江しんじ湖温泉駅。旧称松江温泉駅。レトロな駅舎は取り壊され、モダンなガラス張りの建物に変わっていた。中井貴一主演の映画「RAILWAYS」の文字も見える。40歳で電車運転士を目指すのは”実際”大変です。ダンナが前に来たときは元西武451形の80形がいたり、もちろんデハニ50も現役だったのだが、ホームにいたのは・・・、

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東急1000やないかい!南海21000か京王5000に乗りたかったダンナにとって、これは最悪の展開である。かと言って次の列車まで1時間も待つ気はない。やむを得ず券売機に向かうと、途中下車できる駅名が書いてある。「一畑口って途中下車できるんや。」ということで、出雲市駅まで買う。電車に乗ろうと思ったら、駅係員が「どこまで行かれますか?」と聞いてきたので「お薬師さん(一畑薬師)に行こうと思ってます。」と言うと、親切にも一畑口駅にタクシーの手配をしてくれた。さっき途中下車できるかどうか聞いただけだが、そうやって声を掛けてくる。「おもてなし」精神の行き届いた会社である。電車が東急でもガマンする。

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電車は宍道湖北岸を進む。車窓には美しい湖畔の景色が広がる。せめて電車の窓ガラスはもう少しきれいに拭いてほしかったかな~。

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一畑口には一畑系タクシーが来ていた。以前と変わらぬ白赤ツートンのボディが良い。Y31も最近珍しくなった。4速コラムの6人乗りも、そのうち過去の遺物と化すのだろうが・・・。

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ダンナ、一畑口から戦時中撤去された一畑電鉄の本来の終点に行けば、一畑寺は近所なのだろうと思っていたが、タクシーはどんどんドライブウェイを山頂まで登って行った。宍道湖は眼下、遥か下界である。電車がもし終点まで残っていたとしても、そこは山道の入口に過ぎなかったらしい。まあ、この時代の参詣鉄道というのは、こういうものかも知れないけれども・・・。確かに不要不急の路線ではあるな~。

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御朱印をいただいた。ここは目の病気にご利益があることで有名。須磨寺の境内にも「一畑薬師」が勧請されているのはご存じだろうか?

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さてさて、同じタクシーで一畑口に戻ったダンナ一行。松江行きの京王5000系復刻塗装が出て行くところ。乗るわけじゃないが撮りたかった・・・。出雲市行きで来たのは元南海21000系。とりあえずこれに乗らないと。現在絶賛置換え中。お薬師さんに行くタクシーの運転手さんの情報では南海カラーに復元した車両はもうスクラップになったというし。

が、である。喜んで乗っていたのに途中から乗って来た女子中学生一団がふざけ合っているうちに車両のガラスを割ってしまい、怪我をするという「事件」が発生。駅で長時間停車するわ雲州平田で車両交換、京王車に代えられてしまうわ、と10分は軽く遅れた。別に急いでいないので構わない。まあハップニングというやつで。

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というか、驚いたのは出雲市駅が高架になっていたこと、なのである。

いよいよ翌日、出雲大社へ向かう。

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久々の松江

松江に来るのは久しぶりである。前に所属していた部署の旅行で訪れたのも10年以上前。鉄道で島根入りするのは20年ぶりになる。

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「みずほ」初乗車。

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「やくも1号」381系は久々に乗る。評判の悪い乗り心地も懐かしい。乗り物に弱いコッコ2号は早々に寝てしまったが、起きていた1号は完全に酔ったらしい。さすが振り子電車、只者ではない。松江到着は9:40。

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まずはおかみリクエストの和菓子店「彩雲堂」へ。松江駅より西へ徒歩10分というところか。ここで買ったお菓子は後ほどご紹介する。

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「彩雲堂」を出て西へ歩くと、ほどなく宍道湖畔に出る。嫁が島が見える。にしても、恐らく宍道湖と聞いた10人が10人とも思い浮かぶであろうと思われる嫁が島。逆にこれが無いとどこか判らんという、有名な「日本の風景」ではある。

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その間、ダンナが何をしているかと言うと、走って来るバスを撮り続けているわけである。街歩きは交通費の節約とバス撮影を兼ねた非常に経済的な行為なのだ。これは一畑バスのキュービックLR。

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宍道湖に沿って北上すると、まあ、見えてはいたが結構歩いて松江城に着く。以前ここを歩いていて突然雪に降られ往生したこともあったが、というか、ここを歩くのも実は3度目なわけだが。さてさて、松江城。現存十二城の一つ。現存する天守では姫路城に次ぐ高さ。そして鯱は日本一大きいという。

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木造の内部と急な階段が現存城であることを物語る。

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今回乗りたかった遊覧船。これは以前には無かった。乗り場はあちこちにあるが、ダンナ、地ビール館に隣接する乗り場までわざわざやって来た。ちょうど昼。

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何のために列車で来ているかというと、そういうこと。昼間から飲む地ビールは旨い!

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リンゴのビール。アルコール度数9%とやや高め。ぷはぁ~。

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ほろ酔いのまま遊覧船に乗る。船にはコタツが。にしても船の数が多い。

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松江城の堀を巡る。視点が変われば風景も変わる。松江市内は20年前結構歩いた覚えがあるが、こういう景色は初めて。

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通りにくい水路は船の屋根を下げて対応。「通れないから通らない」ではなく、「何とかして通す」という発想が素晴らしい。正直、こういう考えが持てるか持てないかが物事の分かれ目であろうと思う。

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堀川を行く遊覧船。ここまで本格的な取り組みは初めて見た。残念ながら姫路、完敗です。

ここからダンナ一家、一畑電車に乗る。(以下続く)

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美濃一宮 南宮大社

畿内全一宮を回ってしまったダンナとおかみ。なかなか周辺と言っても遠くなり始めている今日この頃。但馬にも行きたいが雪が・・・。というわけで伊勢一宮か美濃一宮かと思案しつつ、今回は美濃へ。

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名神の伊吹PAで見つけた200系ハイエース。東急鯱バスを勝手に連想してしまったが、全体に白ばかりの営業車の世界で、きちんと塗っているのは珍しい。敦賀名産のかまぼこ屋さんらしいが・・・。

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伊吹山が綺麗に見えました。

関ヶ原インターで降りて国道21号を東上することしばし。途中「桃配山」を横目に。関ヶ原戦史には詳しくないが、さすがに家康が布陣した「桃配山」は分かる。「おお~っ!ここか。」と感慨にふけりつつ今日は寄らない。

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美濃一宮 南宮大社。主祭神は金山彦命で、全国の鉱山・金属業の総本山という。建造物は神社としては比較的古く、関ヶ原の戦いで焼失した後、徳川家光により再建されたもの。春日局が美濃出身であるため篤く崇敬されたらしい。崇神天皇の時代からあるというが、崇神は歴史学的に実在する天皇と考えられているので、創建年代としては確度が高いような気がする。

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御朱印。ダンナ&おかみの朱印帳も20年近く使用して最後のページが近くなり、どうもハンコが押しにくいらしい。この日もどうやら真ん中がうまく付かなかったらしく、謝っておられたが、構いませんよ。これもまた旅の思い出です。

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神社の門前にはそれなりに商店があるが、にしても、HOゲージのキットでも組み立てて並べたような、妙に「それらしい」”不自然さ”があるように感じるのは、なぜだろう・・・。

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あっさりと神社を出て来た一行。JR垂井駅で周辺に何か観光地が無いか探す。垂井は竹中半兵衛ゆかりの地で、銅像なんかもある。

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竹中家陣屋跡。陣屋というよりは小規模な城で、堀も作られている。現在は小学校の敷地となり、校門として利用されている。

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五明稲荷。竹中半兵衛が黒田官兵衛の嫡男長政(松寿丸)をかくまった地であるという。樹齢400年の銀杏はその長政が植えたというが、それはともかく同時代の木ではある。

垂井は宿場町としての風情が残る町並みもあり、まあ~、他とセットならいいけど、ここだけのために来るのはちょっと物足りんかな~、という感じか。

てなわけで、移動・・・。
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突然、名鉄美濃駅跡へ。とは言っても垂井からは遠すぎ。16:30の閉館時刻に間に合わず。ちょっと無茶だった。

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ここ、ダンナ2回目の訪問。1度目はまだ新関まで路線があった2003年6月のこと。その2年後に全線廃止となった。当時590や左端の旧札幌のは現役でいたはず。

Meitetsu870
と、写真を探すと出て来た。もうあれから12年も経つのか~。は、早すぎる・・・。

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久しぶりの加古川橋梁

先日、京阪電車の木津川橋梁で撮影を楽しんだダンナ。なぜか今日も橋梁、それも近場。天気が良かったので出動。

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山陽電車の加古川橋梁である。西側は午後順光になる。

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少し北側には新幹線も渡っている。こちらも一度綺麗に撮ってみたいが。

最初のうちは日が照ったり陰ったり安定しなかったので、照れば南側、陰れば北側に移動しつつウロウロ。風が無かったので寒さもまし。

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阪神1000系1203編成。南側はケーブルが結構邪魔である。これを避けようとすると、今度は鉄橋に付属する黄色の係員避難台(?)が邪魔。要するに「スッキリ」とは撮れないのである。

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かと言って鉄橋に近づくと後追いしか撮れないわけで。日が陰るなら北側でも同じやな、と移動。5000系5012編成。1次車を含む編成では唯一添加励磁で揃った編成である。

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北側から阪神8000系8227編成。どうやら全検出場直後のようである。

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そのうち雲が少なくなり天候が安定してきたので、南側に腰を据える。3200系3202編成。3連くらいならケーブルを避けつつ、まあこんな感じで撮れた。

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徐々に橋から離れた場所へ移動。こうなると風景写真っぽくなっていく。ただ、堤防でそのまま撮ると、このように背景がごちゃごちゃしている。

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堤防を降りて(結構角度があるので注意)、そこで撮影。まあ、構図はこっちのほうが良いかな、と。足元がおぼつかない場所だが。

なんだかんだと1時間半くらい撮影。15分ヘッドで特急・普通が交互に来るため1時間いれば上下16本来る計算。このくらいの頻度だと間延びせず楽しむことが出来る。電車はあまり面白いのが来なかったが、思っていたより満足。

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京阪電車 25年ぶりに

京阪電車の有名撮影地と言えば「大和田!」まあ、それはそうなのだが、八幡市~淀間の鉄橋もメジャーである。ダンナ、25年前に予備校を抜け出して撮影に行ったことがあるが、相当歩いたような・・・。たぶん今でも同じであろう。と言うのは、

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今年の京阪電車カレンダー2月に、鉄橋を渡る1000系の姿が。

久しぶりに行ってみようかな、と思うのは理の当然である。で、カレンダーに写る先頭車の番号を確認しないまま現地に飛ぶ。

順光。とりあえず淀川のほうへやって来る。赤いトラス橋の大阪寄り。「あれ?」遮断機が結構高い。顔を出しても向こうまで届かない。「ここは撮れん」と判断。恐らくここから後ろを振り返った風景を25年前撮ったに違いない。うまく特急が来た。3000系トップナンバーだ。

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昔はなるべく視点を下げたように思うが、柵が作られこれ以上下げられない。カーブが急なので標準レンズでもご覧のように編成全部が入る。25年前は、もちろん背景の京滋バイパスが存在しなかった。

と言うわけで、ここをあきらめ木津川の大阪寄りを目指す。

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って、場所を変えるのに結構歩かないといけないのだ、これが。

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木津川を渡って、ようやくたどり着くと・・・、そこは高い柵が張り巡らされた場所であった。というわけで、もう一度木津川を戻って橋梁の京都側に行ってみる。

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ここやんか!午後逆光である。カレンダーは雪景色ゆえ逆光なぞ関係なかったと見える。

もう、ここに腰を落ち着けて撮影開始。

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8000系の特急。

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2200系の準急。

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7000系の準急。

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コッコ1号の作品から。自転車が効果的。

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5000系。

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2600系トップナンバー。

2時間立っていると「お腹いっぱい」になったため、今日のところはここまでということに。大和田は次に行くのだ!

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なんとなく静岡方面へ(その2)

SL列車までだいぶ間があったが、車庫のほうへ行ったり大鉄観光バスなんぞを撮影しているうちに時間も過ぎ、ホームにSL列車が入線した。
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今日の牽引機はC11190。有名な227号機はトーマスになっていたが、すでに元に戻っている。オレンジ色の客車はそのままだが。今年はC5644をジェームスにするらしい。

大井川鉄道はSL列車の収入が9割を占めると言う観光鉄道である。にもかかわらず貸切バスの自由競争化すなわち規制緩和による事故多発により(ある意味当たり前と言える。予見できないほうがおかしい)、距離制限が加えられ、この鉄道は首都圏からの日帰りツアー範囲から外れた。このため首都圏からの旅客が半分近くにまで減少したという。トーマスに関してはファンからは評判が悪いらしいが、とにかく鉄道の存続のため頑張っているのである。ダンナのような外野は応援するしかない。

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オハ35車内。客車は純正の「旧客」である。原型を留めているという点では営業に使用する唯一の旧客と言える。会社の先輩からすれば「腐るほど乗った」らしいが、ダンナは都会育ち(?)ゆえあまり乗った記憶がない。もちろんコッコ1号は皆無である。そうそう、銀河鉄道999の車内もこれであるが、本来999のような展望車の付くような特急はこのような向かい合わせの座席ではない。まあ、鉄郎とメーテルは向かい合っているから意味があるのであって、隣に座っていたのでは(現代人の郷愁としての)、ムードが台無しなのである。まあ、難しい話は無しにして。

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「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」

こちらが遠江の国、そして対岸は駿河の国である。列車はゆっくりと大井川沿いを北上する。

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終点千頭。ここから井川線に乗り継ぐと、まさに秘境駅として有名な奥大井湖上駅に行けるが、そうなると「一日仕事」になっちゃう。コッコ1号はまだ先を乗りたいと駄々をこねたが、とりあえず今日はここまでにしたい。

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そう、うどんの汁は黒い。浜名湖を境に東日本の食文化圏内に入っていることを実感する。フォッサマグナあるいは探偵ナイトスクープによるアホバカ境界である。

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蒸気暖房による湯気が上がっている。冬場でないと見ることはできない。かつて全国どこでも見られたものなのだろうが。

折り返しは電車で、それもデッキの無い近鉄16000系だったわけなのだが、ダンナ的には南海21001に乗りたかったなどと贅沢を言いつつ金谷まで戻った。JRの接続はかなり良かったのでスムーズに掛川へ。天竜浜名湖鉄道への接続も偶然3分だったため乗り換える。
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静岡と言えば「茶」であろう。このあたり、どの路線の窓からも茶畑が一面に広がっているのを見ることが出来る。ほんの少しのスペースがあれば茶を植えるらしい。

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天浜線は西鹿島で下車。どうしたのか、怪しげなイルミネーションが上屋に・・・。

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西鹿島から新浜松までは遠州鉄道に乗車。遠鉄と言えば写真にあるような正面2枚窓の赤い電車を思い出すが、すでに大半が新車に置き換わり旧型車は3編成を残すのみである。残った3本のうち2本は吊り掛け駆動で有名。写真の車両は日本で最後に新製された吊り掛け車という。平日朝しか走っていないらしい。

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ローカル私鉄のようだが、終日12分間隔のパターンダイヤで、非常に利用しやすい。終端駅は両方とも0.12.24.36.48分発に統一されている。西鹿島出発時はガラガラだった2両編成の電車は、途中でどんどん乗客を拾って最終的には立客も多く出るほどだった。浜松からの折り返し便は最初から混んでいる。2両編成ながらツーマンだが、車掌は常に車内を行き来し、改札が前寄りの駅では運転台側に移って扉操作を行い、集札する。日本で初めて電車・バス共通ICカードを導入しただけあってICの普及率も高そうで、乗客の多さの割には車掌の集札はあまりなさそうな印象だった。ただ、乗務員や駅係員はてきぱきと仕事をしており、士気の高さをうかがわせた。

地方私鉄とは言え、遠州鉄道のバス含む単体収入は300億を超え、連結に至っては1300億円クラスであり、山陽や神鉄といった準大手クラスを企業としてはるかに凌ぐ事業者なのである。お隣の静岡鉄道も連結1000億円事業者だ。単に鉄道の規模だけで中小に分類されているだけに過ぎない。本当は彼らこそが「準大手」ではないのか。

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浜松駅前の遠鉄百貨店。同ビルには遠鉄本社も入居している。

浜松で少しはゆっくりできるかと思ったが、すぐに岡山行きの「ひかり」が来ることが分かり、慌てて食糧と酒を買って飛び乗ったのであった。今度は浜松に観光で来るか。バスも撮りたいし。

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なんとなく静岡方面へ(その1)

コッコ1号が「どこかへ連れて行け」と騒いでいた、とある日曜日。2号は同級生とのプレゼント交換会があるとかで、ダンナ+1号の2人で「どこかへ」出掛けることに。おかみから子守代として小遣いをもらったダンナ、朝は4:30に起き出して1号を起こす。1号、前夜にどこへ行くかは知らされず訳も分からず起こされ、でも、こういうことは慣れている(どんな家庭じゃ!)ために素直に起きてきた。

新神戸6:09発、ダンナ愛用の「のぞみ100号」で名古屋へ。今日はN700系のA化未改造車のZ4編成。4号車785-4に乗車する。新神戸駅で朝も早くから知人に会ってしまったが・・・。

名古屋に降り立ったのは7:12。早速名鉄名古屋駅へ向かう。豊橋行きのパノラマスーパーに乗るためだ。もちろん前面展望席を希望。ただ、スーパーが入っていなければ何本でも待つ覚悟である。名古屋での時間つぶしは駅前で「つばめタクシー」でも撮っていれば良いことなので問題ない。全く得な性分である、自分で言うのも何だが。

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が、意外にすぐの特急がパノラマスーパー運用で、あっさりと最前席が取れてしまった。いつも思うが、名鉄の窓口駅員は展望席を希望するマニアな親子連れに対して非常に親切だ。ダンナ、名鉄が好きなのは、大手なんだけれども、こういう、何となくローカルな親しみを感じる、そういうところなのだ。垢抜けなくても構わない。

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展望席で。結局終点豊橋まで4人だけのほぼ独占状態。これが追加360円で楽しめるとは贅沢な話である。最近展望席が無い特急や、NEXコンプレックスの塊みたいなミュースカイなど、”都会の大手私鉄”を目指しているとしか思えない名鉄。でも、窓口の駅員さんたちはみんな、そしていつも、このパノラマ席を取りたい親子鉄に非常に共感を寄せてくれる。現場はパノラマカーを愛しているのではないのか?経営者としては、パノラマカーから脱皮したいみたいだが、たとえ垢抜けないダサさがあるとしても、夢のある車両を走らせてくれることこそ「名鉄」の存在感ではないのだろうか。

登場して27年。かなりくたびれた雰囲気になってはいるが、それはそれで良い雰囲気である。

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JR飯田線との共用区間を経て豊橋に到着。

とにかく予定はないので豊橋鉄道の市内線にでも乗ろうかと思ったが、コッコ1号「前、見たやん。」まあ、確かにそうなのだが。しょうがないので「浜松まで乗るか」ということになる。ダンナ的には遠州鉄道に乗りたいわけなのだが、1号「大井川鉄道に乗る」と主張。おいおい、金谷まで乗らなあかんぞ・・・。

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と言いつつ、本当に金谷まで乗ってしまう。(写真:金谷駅西方)

211系。205系と共に添加励磁制御の代表形式。私鉄では山陽5000系くらいしか採用例を知らないが。211系って改めて見るとカッコ良い電車だと思う。残念ながら関西地区には投入されなかった。113系との混結を見たかったファンは多いはず。結果としてそれがネックになったようだが。

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JR金谷駅に隣接する大井川鉄道金谷駅。売店のおばちゃんから「富士山がきれい見えるよ。」と聞いて、初めて東のほうを見ると、雲一つない青空に真っ白な富士の姿が見えた。コッコ1号は初めて富士を見たらしい。よかったよかった。

さてさて、この時点でまだ午前10時ごろなのだが、SL列車は11:52に隣の新金谷から出る。さっきの売店のおばちゃんに「新金谷まで歩ける?」と聞いたら「20分くらい」ということで、せっかくなので金谷の街をぷらぷら歩くことにする。富士は相変わらず正面に見える。ここは東海道島田の宿場町らしい。山の斜面には茶畑が広がり、いかにも静岡らしい。

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20分というのは少々無理があった。だいぶ歩いた先で「新金谷1㎞」の看板があったからである。まあ、しかし子供連れで30分で歩けたので良しとしよう。いかにもな木造建築は大井川鉄道の本社も兼ねている。向かいのSLプラザで乗車券を入手する。

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新金谷駅で。近鉄から来た16000系と南海から来た21001形。緑色の南海電車はかなり久しぶりに見たはずだが、やはり「南海ってこれよね!」みたいな気分のためか懐かしさは感じない。

てなわけで、初めて大井川鉄道のSL列車に乗ることにする。

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伏見稲荷大社から伏見の町へ(その2)

日が空くと忘れてしまいそうになるが、まあともかく。

伏見稲荷を後に、ダンナ一家、伏見の町へ出ることにする。京阪電車で中書島へ。それにしても京都市内の京阪車内は、ダンナ一家のような家族に優しい。席を譲ってくれた紳士、自分は中書島で降りるから、と席を譲ろうとした奥さん。「いや、僕らも中書島で降りるので。」と断ったが、残念ながら地元の鉄道では見られない光景である。

ダンナ的には街歩きしたかったが、コッコ1号の「電車撮りたい」希望があったのをダマして伏見稲荷に連れて行った手前、撮影に時間を割くしかない。この寒いのにホームに立ちんぼは正直辛い。おかみは完全防寒でベンチに座っている。

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にしても子供は寒さに強い。2200系はダンナも撮りたい。次は大和田にでも行くか。

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7000系だけれども後ろは6000系から編入された変形編成(のはず)。

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3000系もすっかり本線特急が板に付いたようで・・・。

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「月桂冠」の酒蔵が立ち並ぶ一角。伏見と言えばこんな風景かと。

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あまりにも有名な寺田屋。現在の建物は明治以降の再建である。

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「マッサン」ロケ地の一つ。住吉酒造として登場した松本酒造。風情ある建物群が魅力的。ドラマでは何となくのどかな雰囲気だったが、実際は幹線道路や高速道路が近くにあり、十分現代的な街中である。さすが、うまく撮るものである。

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時系列的にはもっと明るいうちに来て熱燗を一杯飲んだ黄桜カッパカントリー。日が暮れるとライトアップしていたので、また撮影。

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当然、宇治茶を売る店は多い。

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行きには気付かなかった古い銭湯「新地湯」。この名前からして旧遊郭エリアだと自称しているようなものだが、にしても「まんま」である。

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帰りも京阪。コッコ1号の流し撮り。もはやダンナには追い付けない技術を身に付けつつある。

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伏見稲荷大社から伏見の町へ(その1)

アニメ(ばっかり観てるような気がする。このトシになってアニオタというのもイタいが、子供をダシにしているとも言える。まあ、ともかく)「いなり、こんこん、恋いろは。」とかいう伏見稲荷がそのまんま出てくるのがある。ダンナ、京都にはたいがいよく行っているほうだが、なぜか伏見方面に足を伸ばしたことはなく、従ってかの伏見稲荷に行ったことが無かった。豊川稲荷には先日行ってしまったわけだが。

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伏見稲荷には京阪で行く手もあるが、神戸市民としてはTime is money、新快速で京都まで一直線。チケット屋で片道630円の昼トクきっぷを購入する。最近知ったのだがこの切符、1枚で子供2人が乗れるのである。JRは私鉄と異なり半額切符の場合端数切り捨てとなるので、このような処置が可能なのであろう。それはともかく。京都駅で奈良線に乗り換え。そうそう、ダンナの狙いはここで103系に乗ることであったりする。オリジナルの低運転台がまだまだ活躍する「聖地」でもある。

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稲荷駅で降車後、コッコ2号がトイレに行っている間にホーム撮影。103系、何気に珍しい存在になっている事実と、いや、まあ103系だし、みたいな気分が交錯する。にしても今撮っておかねば後悔するに違いない。

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稲荷駅って本当に駅の前が伏見稲荷だ。というか、鳥居の前に駅を作ったというのが正しい。この鳥居、明神鳥居系だが柱の上に輪っかが付いている。これが稲荷鳥居である。そりゃまあ、稲荷の総本山であるがゆえ、正しい稲荷鳥居があるのは当たり前である。にしても、若い人多いな。女の子も多い。外人も多い。賑わっているのは良いことだ。

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なんだ、この横断幕。”行って良かった”外国人に人気の観光スポット2014の第1位に輝いたらしい、伏見稲荷。で、こういうものを掲げてしまう。この大らかさが日本の神様らしい。

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手水には作法が図示されている。また柄杓に口を付けないよう英語での表記もある。ダンナ、アニメで稲荷神ウカミタマが女性に描かれているのを見て、おかみと一緒に「ウカミタマってオトコじゃなかったか?」、とエエ加減な記憶で話していたが、どうやら本当に女神だと考えられているらしい。もちろん、断じてキツネではない。(当たり前じゃ!)

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恐らく外国人が来て喜ぶのは、この無数の鳥居群ではないか、と。千本鳥居などというが、実際は1万本くらいあるらしい。またどのようなルールで更新されているのか知らんが、たいてい平成10年代後半からここ数年のものである。2時間くらいかければ稲荷山中を巡れるが、そんな時間は今ないので、適当に途中で引き返す。この罰当たり。

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もはや、多くののぼりと誘導看板を設置しないと「御朱印ガール」は捌けなくなったらしい。会館の屋上にまで「朱印授与所」と横断幕。ここまで徹底しているのは初めて見た。

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御朱印である。

御朱印をいただいたダンナ一家は伏見稲荷を後に伏見の町へ向かうため、京阪電車の伏見稲荷駅へ向かうことにする。

以下、続く。

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