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続・三丁目の夕日

と、月が替わると
あっという間に10日くらい過ぎてしまうわけで。

先ほど公開された映画
「ALWAYS 続・三丁目の夕日」に
「モハ20系こだま号」が出てくるのだが
(と言っても、まだダンナ見てないわけで。)

このシーン、いずれもダンナの近所にあった。

Moha20_3

こちら川崎重工車両カンパニー正門前に鎮座する
実物。ここに来たのは最近で、屋根をかける前に
大道具屋さんが仮設ホームを作り撮影したという。
東京駅のシーンで登場。

そしてもう一つ、走行シーンに登場するのが
いつもお世話になっている「HINODE MODEL」の
Oゲージモハ20系8両編成なのである。

Moha20_1

Moha20_2
板宿商店街の中にある昆布・佃煮・瓦煎餅店
「岸日の出堂」の店頭に、映画出演の模型が展示
されている。必見!

店頭でお話ししていたのだが、やはりモハ20系、
「実車はこの時期12連になっていた」だの何だの
文句をいう輩がいるとか。

そんなことを言ったらこのモハ20、映画用にきつめの
ウェザリングをかけられているのだが、当時花形列車で
一般庶民がいつでも乗れるわけではなかった時代。
車両は常にピカピカに磨き上げられていたはずなのだ。
店主も「気動車じゃあるまいし」とおっしゃられていたが、
映画撮影時にピカピカではリアルじゃないという。

そう、あの映画は”2007年の我々が想像する昭和30年代”
の情景なのであり、”本当の昭和30年代”ではないということだ。

細かく見ればツッコミどころ満載、とも言える。
いや、そういうことではなくて
多分、閉塞感のある現代日本人にとって
”懐かしく、貧しかったけれども人情があふれていた”
と”信じている”昭和30年代が非常に秀逸に再現されている
わけなのだから

そういう意味で細部にわたって拘った作りに

素直に感心して鑑賞すべきなのである。

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コメント

こんばんは~
いろいろとお疲れさまでした。。

さて、川崎重工のモハ20(今はクハ181でしたっけ)、かっこいいですねぇ。
「風格」があります。

「特別」急行に使う車両を作る、という技術者達の思いが伝わってくるのは、あの頃へのノスタルジーだけではない、そう思いたいです。

特別急行列車にウェザリングをするヤツは、思い出がホコリかぶってるんですよ、きっと。

投稿: 二枚橋 | 2007年11月11日 (日) 23時32分

こんな時間に失礼します(笑)
前作同様、今回のもテレビで放送するまで見ないと思います。
前作についてはCG部分が超リアルなアニメにしか見えないのは、やはり予算の関係なのでしょうか?
ただ、映画の内容では泣きましたよ。

投稿: えびび | 2007年11月12日 (月) 15時42分

二枚橋さま>
モハ20・・・当初のイラスト案には前面まで縞模様が回りこんでいるのがありました。しかし、風格という点は同意します。まあ、特急の値打ちが下がってしまったのは全国路線網の整備のせいでもあり、物事の表裏という部分なのでしょうね。まあ、大阪駅で見た485系は初期車も多くてよくウェザリングがかかっていましたが・・・。

えびびさま>
一応17:30までカキコしないことにしているので(笑)。
ストーリーは美し過ぎません?あんなにキレイな時代でしたか?ホント?「血と骨」みたいな世界もあったんじゃないんでしょうか?

投稿: いぶきダンナ | 2007年11月12日 (月) 22時32分

昭和30年代の思い出としては、貧しくとも・・・貧しくともだけですかねぇ。

記憶にあるなかでは、企業の社宅、市営住宅は木造で焼板貼り、社宅では共同炊事。
物干しは防腐剤を塗った丸柱に引っ掛け、先端には空き缶が被せてある。
道路は舗装のほうが珍しい。道路を走る車は
バス・タクシー・トラック。
市場では玉子は1個からおばあちゃんが白熱電球で透かしてから新聞紙にくるんで売ってくれる。
ロバのパン屋がやってくる。
紙芝居屋は駄菓子を買って見る。
その後40年代に入って急激に豊かになって
行く訳ですが・・・。

投稿: アルプス銀水タクシー | 2007年11月14日 (水) 13時02分

アルプスさま>
結構覚えておられますね。記憶ってアルプスさんでしたらかなり小さい頃ではないのでしょうか?まあ、ダンナもクジラのクラウンタクシーをよく覚えているクチなので、同じようなことなのかもしれませんね。

卵屋・・・ウチの近所にあったように思います。ゴロゴロと卵が転がっていて、恐らく大きさを分類していたのでしょうが、その機械の動きに大きな興味を持ったように思います。とは言え、恐らく幼稚園以降はもう無かったようなので、まさに今のコッコ1号くらいの頃のおぼろげな記憶と言えると思います。

投稿: いぶきダンナ | 2007年11月14日 (水) 19時39分

そうですねかなり小さい頃の記憶ってのは
連続性が無くて断片的であるが、その部分だけ鮮明に覚えているという感じでしょうか。

月見山時代の頃はやはり少なくて、高広時代(お判りですよね)に記憶シーンが増えていってます。
愛徳に行った直前頃には多方面いろいろ出てきます。
東京オリンピックの聖火ランナーを2号線で
見たとかはかなり鮮明です。

クジラのクラウンは・・・悲しいかな7年間乗ってましたから!

家内曰く、私の古い話は義理の母の時代と変わらない?らしいです。またまた悲しい。

投稿: アルプス銀水タクシー | 2007年11月15日 (木) 00時17分

クジラのクラウン、今となっては貴重ですよね~。かと言って今乗るんか?と言われたらちょっと違うようにも思いますけど・・・。さすがにクラウンでしたら110系以降でないと維持するのが大変でしょうね。

投稿: いぶきダンナ | 2007年11月15日 (木) 17時58分

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