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30年前の東武電車

西武があれば東武もあるだろうということで。

Tobu7800
1978年1月、東武7800系と6歳のダンナ。
隣りは101系。

まあ隔世の感もあるが、この7800系シリーズは
細かく形式区分されつつ昭和30年代まで造られていた
車両。もちろん撮影当時の主力は8000系ではあったが
首都圏でもまだ吊掛け車が各社とも見られた頃である。

前パンタや貫通幌、配管、ジャンパー栓が
いわゆる”電車らしい”雰囲気を醸し出す。
古臭いけど良い顔をしている。

よく見ると「ナニワ工機」の銘板が顔に付いていることに
気付いた。そうか、尼崎生まれの電車だったんだ。

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懐古趣味」カテゴリの記事

コメント

10年以上前に宇都宮に行くのに新栃木で乗り換えて走り出したら・・・ツリカケで驚きました。見た目は新しいのに。
あれって車体だけ載せ替えた車両だったんでしょうね。

投稿: シンコー | 2008年1月27日 (日) 20時09分

私は友人の下宿先が野田線沿線で、柏から乗り換えていたのですが、当時は吊掛け車5000系列の牙城。3070や2000といった18m車もいました。住まいが線路のそばだったこともあって、朝はモーターの轟音で起こされたり・・・。

投稿: いぶきダンナ | 2008年1月27日 (日) 22時11分

隣の黄色い電車も気になります~。
私の場合、東武は8000系がお気に入りです。(やはり4枚ドア通勤系か!)
クリーム1色の頃が好きでした。今の更新顔は
あまり好きでは無いですが、東武博物館で
オリジナル?8000系単品のプ○レールがあって、買ってしまいました。
後は、DRCですね。一度走っているところを見たかったです。
関西人ながら、東京圏の「あのころ」の電車は
今でも憧れですね。

投稿: 播磨観光タクシー | 2008年1月27日 (日) 22時15分

あー、赤羽線が写ってますね~。
ウグイス色の山手線も、窓の向こうにチラリと・・・。

このころの東武はまったく記憶にございません・・・。
利用する機会がありませんでした。
それでも、この頃に運転されていた秩父鉄道直通特急のヘッドマークをモチーフにしたステッカーは買ってたりするんですが。。

初めて東武鉄道に乗ったのは・・・、グリーンマックスの大山店に行くためだったか、東武博物館へいくためだったか・・・。

投稿: 二枚橋 | 2008年1月28日 (月) 00時13分

播磨観光タクシーさま>
私はDRCに乗ったことはある(日光→浅草)んですが、スペーシアに乗ったことがないという・・・。どの世代の人間なんだか・・・。プ○レール、単品でもあるんですね~。東武3本セットはさすがに買うには勇気が要りますし。

二枚橋さま>
写ってますけど、このとき東武電車には乗車していませんね、多分。国鉄職員の父親が持ってた職員証か何かで電車を撮るためだけに入場したものと思われます。乗ったのは上記のとおり日光からの帰りが初めてです。まさかその後野田線にちょくちょく乗るとは思いませんでしたが・・・。

投稿: いぶきダンナ | 2008年1月28日 (月) 17時55分

いぶきダンナと同じくDRCには乗った経験はあるが、スペーシアはありません。

30年前頃は東武を訪ねたらDRCよりも吊掛け5700型の日光急行・快速急行を狙っていましたから、DRCは適当な写真しか残っていません。

でも、セドリックをモデルにした面構えが印象深く、サロンルームのジュークボックス、ビッフェ、自動ドアの貫通路扉など国際観光地日光ゆきに相応しい装備で、英語の話せるシュチュアーデスが乗務していましたね。

あとは8000系などやわらかいシート、扉車内側がオレンジがかったクリーム色で、山陽さんの片開きドアを連想させたものです。

投稿: アルプス銀水タクシー | 2008年1月28日 (月) 18時29分

DRCのサロンルームは行きましたよ。音楽かけたかどうかまで記憶にないですが。日光旅行の一度目は国鉄で往復したのですが、帰りの115系が保線の具合か何かで、それはそれは酷い乗り心地で「二度と乗りたくない」ということになり、二度目は行きが新幹線リレー号+東北新幹線で宇都宮まで、帰りがDRCということになった次第。

通勤車のシートは柔らかかったですか。座れなかったのか正直記憶にないです。車内の赤味の強いクリーム色はよく覚えていますが、関西私鉄との考え方の相違には驚かされました。しかし、なにせ5000系なものでツリカケの強烈な印象にその他の記憶の全てが吹っ飛んだというのが正解かも知れません。

投稿: いぶきダンナ | 2008年1月28日 (月) 20時16分

学生時代、池袋へ通学していたので、東上線大山駅(GMでお買い物)や、伊勢崎線東向島駅(東武博物館)へ時々行っていました。

東上線と伊勢崎線、もともと別会社だったから・・・かどうかは知りませんが、ずいぶんと雰囲気が異なっていました。
元東上鉄道の線では、革靴を履いた乗務員を見ることは滅多になく、片手運転は当たり前、急行待避の待ち時間はマンガ雑誌を読んで時間をつぶす・・・。
おおらかというか、田舎電車というか。。。

投稿: 二枚橋 | 2008年1月28日 (月) 23時45分

そうなんですか、東上線。
やはりそれぞれの文化を背負っているのでしょう。対等合併だったそうですから双方のやりかたが尊重されたのでしょうし、結果としてどちらかに飲み込まれないまま至っているのでしょうね。
マンガ雑誌、現在では考えられないのですが末期の国鉄でもよく見た光景でした。東武はある意味私鉄というより国鉄という雰囲気がありますし・・・。それでも許された「時代」だったんでしょう。

ただ、阪急でも神宝線と京都線とは違うといいますから、東武みたいに完全に離れているとさすがに同じカラーにはなりにくいんでしょうね。それが「味」でもあるわけなんですが、今の時代では許されないですよね~。

投稿: いぶきダンナ | 2008年1月29日 (火) 19時53分

あら〜〜ダンナ様!!西武池袋駅で「西武551系」と一緒に写真を撮ったあとに・・・・・東武池袋駅にもいらしたんですね〜〜!!昔、東武東上線&東武伊勢崎線にもそのような車両が走ってましたね!!隣の国電(現・JR)ホームに停車しているのは、赤羽線ですよね??赤羽線って・・・・・かなり昔は東武東上線の隣のホームから発着していたんですね。

投稿: マスダっち | 2010年7月26日 (月) 14時48分

>マスダっちさま
そうですね~。ダンナ父(故人)も電車好きだったもので、東京旅行に行くとあちこち撮りに行ってたみたいです。関東の私鉄は関西と違って国鉄さんの軒先を借りて起点にしている駅が多いですね。関東と関西、私鉄の成り立ちの違いが現れていて面白いと思います。

投稿: いぶきダンナ | 2010年7月29日 (木) 00時01分

この車両がいると(良い意味で)隣の101系が新型車両に見えますね(笑)

投稿: | 2012年11月30日 (金) 19時20分

そうですね~。でも冷房付いていませんけどね~。

投稿: いぶきダンナ | 2012年12月 2日 (日) 20時13分

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