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0系新幹線

0系の通常運行は今日で終了。
西明石駅も大勢のファンや家族連れで大賑わいだった
という。ダンナにとって「新幹線」と言えば0系であり、
0系しか無かった時代に「国電全百科」に「000系」と
書かれているのを見て

新幹線電車に形式があったんか!

と「発見」したのも懐かしい思い出である。
(特急の絵本や写真集には単に「新幹線電車」と書かれて
いたのである。子供が「N700系!」なんて叫ぶ時代になる
とは・・・。)

さてさて、まだまだ0系がたくさん走っていた時代にダンナが
コレクションしたNゲージ模型をご紹介。

081130_4
右から学研、エンドウ、カトーの新幹線0系。

081130_1
0系のNゲージ模型としては初となる学研製品。
エーダイ引継ぎではない学研開発品で、ライトは点灯しない。
マイクロエース製品登場までは唯一の0番台車であった。
21・22・25・26・35(M)の5形式があり屋根パーツなどきちんと
作られているかと思ったら21が22と同じ車体だったりする。

081130_5
「西独TRIXモーター使用」などと箱書きされているところに
時代を感じるモーター車の35形。

081130_2
全金属製の車体が有名なエンドウ製。
小窓となった1000番台を再現している。Nゲージとしては
1000番台の唯一の製品。21・22・15・25・26・36(M)の6形式。
オプションのライトユニットを付ければ光前頭部分も一緒に
光るが、1000番台車登場の頃は既に実車のほうが「光らない
光前頭」であったと思われる。全体にカツミの16番製品を
小さくしたような印象。

081130_3
現在も入手できるカトー製品。但し写真は最初期発売のもの。
パンタが固定式で、ライト周囲の銀色表現は無い。
21・22・15・16・25・26・27・36・37(M)の9形式を発売。
当時最新の2000番台を再現しているが、15・27・36は実車に
2000番台が無いため1000番台となっている。
トミックスも同時期に発売しているが、15・27・36は出していない。

ダンナ、学研製を8両、エンドウを6両、カトーを12両所有しており
3メーカー混結で16両組めるようにしていた。後にマイクロエース
から0番台が発売されたが、他のメーカーとは混結できないので
0系らしい「大窓+小窓」の混合編成を再現するには現在でも
学研製品の助けが必要となるのだ。

081130_6
2000番台と0番台の混結例。カトーと学研は色合いも近く、
違和感が無い。

現在の電車が編成単位でまとまっているのを思えば、
103系から新幹線まで、当時の電車ってユニット単位で結構
バラバラな編成が走っていたよな~、と。

そういうところ、0系が「国電」であった証でもあるのだ。

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鉄道模型」カテゴリの記事

コメント

「新幹線」、こう呼べば通用する独立した乗り物でしたよね。

0系、時代に応じて代替新造を繰り返し、編成中の車両を入替えながら進化したんですね。
あの時代で「ゼロ」から起算するというのも斬新な発想と思います。

過去の手帳を見ると上京の折に乗車した編成番号や車番を記録しているので、変化がわかります。
大きな窓も、窓ガラス損傷が相次ぎ小型化されて、座席などのアコモデーションも変わっていきましたが、飛び飛びの写真等の記録しか残っていません。

また昭和が一つ消えていきました。


投稿: アルプス銀水タクシー | 2008年12月 2日 (火) 12時38分

新幹線には思い入れがほとんどありません。今に至るまで滅多に見ない、乗らないからでしょうか?
写真も2・3枚ほど何かのついでに撮っているぐらいです。最後の16両編成を写したのですが、現像にも出さずにフィルムが行方不明になってしまいました。

それにしても何で“0系”だったんでしょうね?
台車もパンタも200キロへの思いからDT200にPT200だったのに…

投稿: えびび | 2008年12月 2日 (火) 15時45分

アルプス銀水タクシーさま>
そうそう、マスコミの間では「44年間ごくろうさま」みたいな論調ですが、実際東海道新幹線開業時の車両は12~15年程度で全廃されていて、最後まで走っていたのは1981年以降に製造された2000番台だけなんですよね。とは言っても25年は使用されたわけですから新幹線車両にしては長生きですけど・・・。

えびびさま>
そう言えばそうですね~。200系でも良かったような・・・。最初1001とか付けていたのも私鉄みたいでしたし、何か在来線とは違う思想で形式体系を作りたかったのは分かりますが。

投稿: いぶきダンナ | 2008年12月 2日 (火) 23時42分

こんばんは。

私も新幹線といえば0系以外ピンと来ません。中学校の修学旅行の時点で、次の先頭車両がとんがったモデルがやっと出てきた位です。

投稿: 西日本総合開発 | 2008年12月 3日 (水) 04時31分

西日本総合開発さま>
先頭のとんがったモデルは100系のことですね。すでに一線から退き、新大阪以西のこだまで余生を送っています。白+青の塗装も過去のものに。早晩姿を消しそうな感じです。「のぞみ」第1世代の300系も廃車が進んでいますし・・・。

投稿: いぶきダンナ | 2008年12月 4日 (木) 23時00分

おはようございます。

もうあの100系も山陽区間のこだま扱いですか。私が中学の修学旅行の時は、新富士まで0系こだま利用だったので、ホームで追い越していく100系が凄い高嶺の花に見えました。新幹線用車両はどうやら寿命が短いようですね。

投稿: 西日本総合開発 | 2008年12月 5日 (金) 07時42分

東海道線開業時に揃えた0系の廃車時期を考えれば100系なんぞよく生き残っている方ですね~。というか今までよく0系が走っていたものです。廃車になった先頭車から運転台を中間車に移植したりしてましたもんね。最後の3編成のうちの1本がそれでした。よく頑張ったものです、元は何についていたのか、その前頭部。

投稿: いぶきダンナ | 2008年12月 7日 (日) 23時28分

おはようございます。

運転台の移植ですか。電車はそんな事が出来る余地があるんですね。トラックでも是非見習いたい(笑) 

環状線をチンタラ走る103系とは傷み方が随分違うのでしょう。

投稿: 西日本総合開発 | 2008年12月 8日 (月) 09時00分

なにせ運転台部分って高価なもので・・・。こうした工法は在来線、私鉄では普通にあるものですが、新幹線にまで登場したのにはびっくりしました。JR西の100系にも同じ改造先頭車(M車にJR東海で廃車になったTc車のアタマをくっつけたもの)が走っています。

投稿: いぶきダンナ | 2008年12月 9日 (火) 22時42分

こんばんは。

そういう手法が在来線でもあった事がビックリです。そんなに運転台は高いんですね。トラックのキャブでも結構しますから当然かもしれません。

投稿: 西日本総合開発 | 2008年12月10日 (水) 00時36分

そうですね。高価というのもありますが、国鉄末期から編成短縮の上、本数増発みたいな方向のダイヤに向かっていって、先頭車がたくさん必要になったというのがあります。新幹線も16両に先頭車2両ですが、4~6両に短縮したら先頭車が不足するわけですから・・・。

投稿: いぶきダンナ | 2008年12月11日 (木) 22時33分

こんばんは。

電車にはまた自動車系では無さそうな特別な事情があるんですね。それにしても運転台だけくっ付けるという改造が出来るというのが、何度考えても凄いと思うところです。

投稿: 西日本総合開発 | 2008年12月12日 (金) 02時41分

まあ、電車はそもそも1両で出現し、乗客増で連結して運転するようになり、さらに1人の運転手が連結した複数の電車を制御できるようになって初めて運転台の無い車両が現れたわけですから、そもそも先頭車がデフォルトで、中間車は先頭車から運転台を省略した形なわけです。バスのお尻に顔を付けるような改造とは根本的に違うわけです。

投稿: いぶきダンナ | 2008年12月15日 (月) 21時45分

新幹線にも顔移植ってあったんですね
地元ことでんにはそういうのがたくさんいますけど どれがと問われると 知識不足で特定ようしません。
バスは後ろ前同一金型ってのが昔はそれなりにありましたけど 前後に運転台があるのは 南部縦貫鉄道のレールバスぐらいでしたね。 どんな仕組みになっていたのか もう少し詳しく知りたかったです。

投稿: OKMR | 2008年12月16日 (火) 09時15分

こんばんは。

なるほど、自動車とは成り立ちが違うので構成が全然別物という事ですね。

投稿: 西日本総合開発 | 2008年12月16日 (火) 21時11分

OKMRさま>
 新幹線の顔移植は100系では結構あるはずですが、0系では2ユニット4両のみです。そのうち1ユニットはグリーン車だった15-16の広窓車に運転台を取り付けた変形車でした。最後まで残ったのは25-26の2000番台ユニットを種車にしています。トミックス発売のNゲージ100系フレッシュグリーンセットに含まれる先頭車は中間車からの改造車をプロトタイプとしているようです。
 バスの前後同一プレス、懐かしいお話ですが実車を見た記憶はありません。大阪市や阪急に見られたはずなんですが・・・。前後進バスは大阪市が試作していましたが、ナンバーが取れずに公道走行はできなかったようです。

西日本総合開発さま>
 とは言え、前述のような前後進バスの研究はなされていたようです。ヨーロッパの場合、小さな町にも教会があって、その前の広場で転回できたりしますが、日本の場合は路地の奥なんかに入ったりしたら帰って来れないという・・・。前後進バスが実用化できればバス路線も柔軟に出来るのでしょうが・・・。

投稿: いぶきダンナ | 2008年12月16日 (火) 23時04分

こんばんは。

前後バスは多分使えれば便利でしょうが、日本の役所をそう簡単には動かせないでしょうね。

投稿: 西日本総合開発 | 2008年12月18日 (木) 21時21分

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