« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

誘導

ふと思うこと。重箱の隅をつつくことには違いない。

1月19日付の新聞記事。
EF55の引退が報じられている。

090120

「ムーミン」の愛称で親しまれた電気機関車
EF55のサヨナラ運転が・・・(中略)・・・。
EF55は流線型がもてはやされていた時代の
1936年にデビューした(以下略)。

この記事は「正しい」のかという素朴な疑問。

JR東日本が保有する最も古い電気機関車ではあるが、
この記事を読むと、1936年にデビューして2009年まで
元気に走っていたかのような印象を与える。少なくとも
この記事から得られる情報はそれしかない。書いた
記者もそう認識していたのかも知れない。

が、この機関車は1964年に一度廃車となり、幸運にも
解体されずに残り(実態は放置されていたわけだが)、
1986年に復活して以来イベント用に使用されていた
ものなのである。そもそも現役時に「ムーミン」とは
呼ばれていない。

分かりにくいかも知れないが、例えばこういう例を
挙げるとどうだろう。

引退後、どこかの公園で保存されていたD51が整備
されて本線上に復帰し、イベントなどの客寄せパンダとして
使用されたとする。だが老朽化には勝てず、20年ほど活躍
したあと引退して博物館に引き取られたとする。

もしそのとき、

「昭和11年に登場し、最も多数が製造され、日本を代表
する蒸気機関車であるD51が引退した。」

という記事が出たら?

何か変でしょう?

ダンナがそもそも昨今の「鉄道ブーム」とやらに胡散臭さを
感じている一人であるわけだが、つい最近の「0系新幹線」
引退ブームにしても、「東海道新幹線開業時から走り続けた」
というだけで、車両が途中で代替わりし、開業当初の車両
など30年以上前に引退しているという事実を報道しない。
何も0系の技術史上、あるいは世界の鉄道史上に与えた
偉大な功績を否定するわけではないが、44年間走り続けた
車両は存在しないわけで。それを報道することは0系に
対する賞賛やノスタルジーな感傷に浸る気持ちに冷や水を
浴びせるようなものだという暗黙の了解なのだろうか。

だが、
なんだろう。この違和感は・・・。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

小正月

どんと焼き
15日であることは分かっているが、
昼間できるわけではないので、今日敢行した。

毎年同じことを書くわけだが

近所は15日どころか今年も3日過ぎると
注連飾りは消えていた。例年通りではあるが
いぶき家だけは今日まで”ひつこく”続けたのだ。

090112_01
クルマにも今年は控えめに飾りを。

090112_02
近隣ではウチだけだが、灰は家の前と周囲に。

そのあと、鏡開きをして

ぜんざいを一家で食べた。

こういう小正月の行事も大事にしたいもの。
特に子供に伝えたいものである。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

鉄道模型走行会

今日は海洋博物館・カワサキワールドで開催の
「鉄道模型走行会」に行く。川崎重工の鉄道研究同好会
開催の恒例イベントである。
こちらから貸出の車両は前日に運び込んでおいたのだが、
播磨観光タクシーさま持ちの神戸市営地下鉄3000系を
加えるために今日も出動したのである。

090109_01
前日の夜。この寒さだと誰もいない。
何ということもないが思わず撮ってしまうわけで・・・。

さて、当日。14時ごろ現地到着。
お~寒っ、と思ってクルマを出ると、雪・・・。

090110_01_3

090110_02
HOゲージコーナー。
私鉄組は阪急・阪神・神鉄・山陽・神戸市と西鉄
の車両が揃った。
WIN350は雑誌掲載もされたというK氏の作。
最近新幹線を作りたいダンナ、手にとって眺めるが
なかなか構造が分からない。前頭部はプラ製という。

明日も行くかどうかは、未定・・・。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

悪魔が来りて

笛を吹く

っていう横溝正史原作のドラマの再放送が
昨日昼間にあったので、ぼやーっと見ていた。

横溝正史、何作か原作を読んだものの、
実は「悪魔が来りて~」は未読。
ファンというわけではないので仕方あるまい。

未読ゆえ原作にどのような台詞があるのか
全く知らないが、舞台が東京なのに別荘が
「須磨」にあるという。いくら源氏物語で有名
な地名とはいえ、唐突に「須磨」が通じるのか?
「神戸の須磨」ではないのか?という疑問が
生じるが、横溝正史、神戸出身だからだろう
と納得する。ただし、これは脚本の問題なので
あるが・・・。

おまけに、依頼人の父が泊まったという須磨の
旅館で、その父が尋ねたというのは
「明石まで行くのに省線と山陽電鉄とどちらが
よろしいか?」というものだった。
(舞台は昭和22年、どちらで行っても大差ない
ような・・・。)

ああいうドラマで台詞だけとは言え、突然
「山陽電鉄」という地元ローカル私鉄の名前が
出てきたのには驚いた。
脚本だけにあるのか、原作にもあるのか?
立ち読みしてみないと分からんが。

その晩は、本放送で「悪魔の手毬唄」をやっていた。
(昼のはこれの番宣を兼ねているわけで。)
残念ながらこちらは原作読んでいたんだ、これが。
須磨も山陽電鉄も何ら関係ないわけなのだが。

もっとも、ストーリーはすっかり忘れていたけど・・・。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

初詣

ダンナ一家、ダンナ実家(クルマで15分)に滞在。
この3が日、全く外出せずゴロゴロしていたため
初詣に行っていない。

4日に神社に行くのは、もはや初詣ではないかと
思いきや、そもそも初詣自体が明治以降の新しい
習慣(それも鉄道会社が仕掛けたらしい)であって
1月中に行けば問題ないともいう。(出典:Wikipedia)

要するに今日行っても大きな問題ではないという
ことである。コッコ1号はともかく2号を雑踏に連れ出す
危険を考えれば「3が日を避ける」のも正しい選択肢
であろう。

さて、どこに行くかね~、と思いつつクルマを走らせる。
そもそも恵方参りだったらしい初詣だが、今はどこに
行っても良いらしいので、気が付いたところに行って
みよう。

090104_01

と、まずダンナ一家が現れたのは加古川市の
宗佐厄除八幡宮。(正式には単に「八幡宮」)
和気清麻呂が宇佐に行く途中、道鏡の追っ手に
かかった際、猪が出てきて追い払ってくれたとか
いう地である。

090104_02
宗佐からは近い厄神の加古川線の車庫にも
立ち寄る。模型にしてみたい2連の103系がある。

その後、県道65号を途中で南下、高砂市の
鹿嶋神社へ向かうが、神社へ向かうクルマで
国道2号が大渋滞していたため断念、市川を
渡って北へ向かい、先日廣峯神社へ行った際
に一緒に行けば良かったと思っていた白国神社
へ行ってみた。

090104_03
姫路競馬場のすぐ北側、広峰山への登山口に
ある。町名も姫路市白国町という。

白国とは「しらくに=しんらくに(新羅国)」であり、
山上にある廣峯神社が牛頭天王を祭っていること
からも、元々は朝鮮半島から来た人々によって
開かれた土地であり、またその人々が祭った神
であるとも考えられている。

というわけで、今年はこの2社をもってダンナ一家
の初詣は無事完了したのであった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

年賀状

あけましておめでとうございます。

ってなわけで、2009年が始まったわけですが。
今年の年賀状は久々に気合の入った「作品」に
なった。なにせ、28日の3時までかかって描いた
ものである。さらに表書きが手書きであるために
29日は再び2時までの作業と相成った。
裏面にはコメントを記入するスペースを空けて
いたのだが、とてもコメントを記入する余裕がなく
とにかく表書きだけで「いっぱいいっぱい」だった
のである。

にしても、少しでも早く送付するため
29日というか30日の2時、突然クルマで出動!
神戸中央郵便局へ急ぐ。北海道と仙台、長崎の
同業者友人に。

それにしても、家から20分で中央郵便局に着く
とは・・・。西神戸有料道路が無料になったのは
大きい。
(というか深夜なのでクルマが走っていない)

帰宅4時。6時に起きて出勤。睡眠2時間。キツい。
仕事になるわけがない。地下鉄、危なく寝過ごす
ところであった。

が、その晩も残りの年賀状を何とかするために
明石郵便局、垂水郵便局、須磨郵便局、兵庫郵便局
を経由して中央郵便局へ”また”行く。

まるで郵便車。

ちなみに、明石と垂水は24時間営業してますね。
1日に無事、配達されますように。

そして、本年もよろしくお願いいたします。

| | コメント (15) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »