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クジラのクラウン(後期型)

クラウン史上最大の失敗作にしてダンナクルマ趣味の原点、クジラのクラウン。今回は革新的なデザインが理解されずに売れなかったため世間の好みに合わせてみた後期型の写真を出してみる。いずれも1982年、神戸市内で撮影。

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セダン後期型。バンパーなどメッキ部分が増えて落ち着いた(平凡な)感じに変わった。ダンナの好みはあくまで前期型ではあるが、この後期型のほうがよく見かけた思い出がある。アルプス銀水タクシーさまが乗られていたのも、この形のはず。

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セダン後期型。今から思えば懐かしいが、前期型に見られたクチビルテールランプは無くなり、普通のデザインに変わった。当時は何とも思わなかったが、今見ると懐かしいもの。タクシー仕様はテールランプ回りの装飾がなかったはずだが、さすがに当時でもほとんど走っていなかった。

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2ドアハードトップ後期型。セド/グロ同様ハードトップは角目2灯となっている。写真のものは2600㏄の3ナンバー仕様で、数はさほど多くなかったものと思われる。

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2ドアハードトップ後期型。セダンと共通するデザイン思想がある。前期型はこれとはだいぶ異なった感じであったが、ダンナ町で探したものの結局撮影することが出来ないまま現在に至っている。

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トミーテックのカーコレクション80に登場した後期型。ダンナ周囲でも「失敗作」と言われている「実物に全く似ていない」製品。寸法としては正確なのかもしれないが、幅が狭い感じがする前面をはじめ全体の印象把握に劣る。

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クジラのクラウン(前期型)

ダンナのクルマ好きの原点といえば「クジラのクラウン(60系)」。それも前期型。すでにダンナがカメラを持ってその辺で撮り歩いていた1982年ごろは、すでに旧型車の部類に入っていて見かけることもまれになっていたのだが(現在のように10年以上前のクルマが結構走っているような時代ではなかった。)、何とか押さえたものがこの写真。

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クジラのクラウンはこの顔である。パトカーやタクシーなど低グレードの顔で、目の詰まったグリルが特徴。低グレードとはいえ50系までは「スーパーデラックス」が最上級グレードであったはずなので、今ほどグレード間の上下は激しくなかったのかも知れないが。さすがに1982年ともなると状態の良い個体は少なく、この写真のものもかなり「疲れた」感じであった。

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幼稚園児であったダンナをとらえたのがこのテールランプ。スモール点灯で周囲が点くのだと思うが、この「くちびる」のようなデザインが何ともカッコ良く思えた。まさに趣味の原点である。後期型になるとこの意匠は失われた。

子供の頃に撮っていたのはこれだけ。まだ個人タクシーとしてわずかに残っていたのだが、ダンナ父にとって見れば、こうしたクルマ撮影はフィルムの無駄と思われていたフシもあり、複数の同型車を撮影できるような環境にはなかった。まあ「今から思えば」というのは世の常であるが・・・。

時代は大きく下って・・・。とは言っても5~6年くらい前の撮影ではあるが。解体屋で偶然発見。上に載っているのがセルボモードであるからして、最近であることは分かるとして・・・。隣のコースターに注目しないように。

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上級グレードはこんな顔をしていた。この頃になると「スーパーサルーン」という2600ccグレードが現れた。3ナンバーは当時としては相当なステータスだったと思われるが、子供の頃にもあまり見た記憶はない。近所の修理工場の裏に1台あったが撮りそこねた。ダンナ的にはタクシーやパトカーと同じ低グレード顔が好きなので、この顔は好みでない。

この廃車、よく見ると左ハンドルなのである。最初は沖縄で登録されたものか?ホイールキャップは純正。マニアにとっては貴重な部品取りができそう。いやもうその手の御仁に引き取られているかも・・・。

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後ろから見た目は一緒だと思っていたが、低グレードとは真ん中の意匠が違うことに気付いた。そもそもこのクラウン、当時としてはデザインがぶっ飛び過ぎていたことからクラウンに乗るような保守層に全く受けず売れなかったため、どうしてもパトカーやタクシー、公用車といった用途で見る機会が多く、こうした上級グレード自体あまり見ることがなかったのだろう。

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さてさて、クジラってこういう姿(タクシーやパトカーとかも)が似合うんですよね~。これはトミカ(復刻版)。トミカは当時50系のクラウンを出していたため、この60系のモデルは裏に「NEW CROWN」と刻印されている。顔は上級グレードが選択され残念。

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最近登場のトミカリミテッド版。純正ホイールキャップやリボンタイヤが奢られ、公用車っぽい外観だが、やはり上級グレードゆえ何となく好みと合わない。後ろがなぜか黒くなっており、せっかくテールランプを塗り分けているだけに実車と印象が異なるのは惜しい。顔も銀メッキ時代は分からなかったデフォルメが妙に利いて似ていないんだ、これが。ただ、ボディ全体のプロポーションはミニカーとしては他にもいろいろと出ていた中では、このトミカが一番実車の印象を捉えており満足な出来である。良い出来だけに細かい部分に文句も出るわけ。

アルプス銀水タクシーさまも乗っておられた後期型は次の機会にご紹介します。

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阪急電鉄7034号

探している写真がまだ出てこないので、阪急電車の写真をもう1枚。

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阪急電鉄7000系 7034×2+7024×4の6連
  (山陽電鉄西代~板宿間 1988.8.15)

山陽電鉄の地下化工事のため仮線を走っている乗り入れの阪急電車である。この車両は増結用車同士を6連に仕立てたもので、当時の最新車。この6連に三宮で2+2の4連を増結すれば10連中先頭車が8両あるわけだが、こうした楽しい編成も実際に走っていた。バブル崩壊直前、阪急の利用客は8億人に迫り、JRの脅威もまださほどではなく、絶好調だった時代である。7000系は製造途中から車体がアルミ製になり写真のものもアルミ車体だが、伝統の阪急マルーンに塗装されていたため外観は普通の阪急電車と変わりなかった。もっとも前面屋根Rの立ち上げ寸法が異なっているようで、鋼製車に比べるとやや丸っこい印象があり、この写真の車両には申し訳ないがダンナ的には鋼製車の顔のほうが好みである。

その後、阪急のマークは変わり、7000系は6000系などと共に屋根肩部が6300系のようなクリーム色になったために、今は鋼製車とアルミ車の印象の違いはあまり感じなくなった。また、写真の区間は地下化工事完成直前に阪神大震災によって被災し復旧しなかったため、あの日からここを電車が走ることはなかったし、1998年には阪急電車の乗り入れもなくなり新しい地下線のほうでもその姿を見ることはできない。

昨日のことのような気もするが、いずれも10年以上前、そう、一昔前の出来事である。

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阪急電鉄3000号

実は他の写真を探していたのであるが、ふと出てきたこの写真に思わず釘付けになってしまった。

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阪急電鉄3000系 3000号 多分1977年頃

昭和39年に登場、40年以上を経て未だ大部分が本線で活躍している阪急電鉄の古参車。この写真はトップナンバーの3000号が4連で分断前の今津線に活躍する姿である。側窓がほぼ全開状態であることからして、非冷房(もっともファンの方は冷房化と中間車化が同時であることはよくご存知のことで・・・。)原形時代であることは分かるが、実際このトップナンバーはほとんど先頭に立ったことがない(基本、神戸寄りに3001編成が連結されているため。)はずなので、結構珍しい写真のような気がする。もっとも、1978年の鉄道ピクトリアル「阪急特集」にもこの4連の写真は出ているので、撮っている方は多いと思われるが・・・。ダンナ的には冷房化・中間車化時に外された「3000」の番号が付いた貫通扉はどこに行ったのだろう?と思ったりする。(他車に流用されたのだろうが、誰かの家にあったりする、とか。)

ちなみに「0」から車番が始まる鉄道は阪急の他は山陽くらいで、合理的に考えると普通は「1」から始まるものなのである。

いや、大幅に脱線したが、本題。ダンナの目を釘付けにしたのは電車の横に立っている人物である。これは、まあ、6歳くらいのダンナなのだが、驚いたのは全く現在の「コッコ1号」と同じ顔だということなのである。もちろん1号は顔立ちにおかみテイストが含まれてはいるが、同一人物だと言えば言えなくもない。1号、この写真を見て自分だと思ったらしいし。いやはや・・・。

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信貴山朝護孫子寺

どうも信貴山には「来い」と呼ばれていたようなのである。寅年ゆえテレビ・ラジオで信貴山ネタが多いのは仕方ないとしても、年末より何となく「信貴山、最近行ってないよな~。」と思い始め、それからはテレビでもやたら信貴山が登場するような気がするようになり、行ったことのないおかみが「行きたい」と言い出し、今日行くことになった。(なんのこっちゃ。)
クルマで八尾のイトーヨーカ堂まで行って駐車。帰りに買い物して駐車料金をある程度割り引いてもらうことにして、そこから近鉄→西信貴ケーブル→近鉄バスのルート利用。

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門前町から寺へ向かって架けられた「開運橋」。何気なく参道を歩いていると気付かないが、横から見るとなかなか魅力的な鉄橋である。と思ったら、昭和6年竣工の現存最古の上路カンチレバー橋という。国登録有形文化財。

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信貴山と言えば張り子の寅。昨年末は今年の年賀状用に記念撮影する人が絶えなかったという。その話を聞いたダンナが「何となく呼ばれている。」と思い始めたわけで・・・。

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朝護孫子寺本堂。山頂にある。本堂地下には戒壇巡りがあって楽しめる。もちろんダンナ、真っ暗な中で錠前に触る。功徳があるという。

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信貴山の土産と言えばこれ。寅年ゆえ玄関先に飾ることとしよう。

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もちろん納経も。本尊毘沙門天のサインをいただいた。

帰り、クルマを預けたイトーヨーカ堂で夕食と買い物を済ませて、まあ割引してもらったとして駐車料1,000円くらいかな、と思ってクルマを出したら、とにかく混んでいて出口は開放、「追加料金あるんですが。」と申告したのに、そのまま無料で出してもらった。さすが毘沙門天の功徳か?いやいや、こんなことで功徳を使うつもりはないんですけれども、ね。

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330のオルゴール灰皿

古いクルマが好きな会社の人から、先日330セドリックのオルゴール付き灰皿を届けていただいた。最近はもう無いのだろうか?昔はこうしたクルマの灰皿はごく普通にあって、プレミアムが付いたり復刻版が出たりと、知っている人には非常に懐かしささえ覚えるアイテムであろう。ダンナ、コレクションしているわけではないが、今回は330ということもあったので。

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もちろんダンナはセダン党だが、もはやこうしたアイテムは存在自体が貴重。実車に比べやや腰が低い感じもするが、メーカー公式モデルだけに全体の印象把握には優れる。

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角目2灯版でなくセダンと同じ丸目4灯版なのが気に入った。それにしてもこの顔、ものすごく似ている。いや~、たまらん。この顔見ているだけでも酒が飲める。

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これが実物。330セドリックハードトップ丸目4灯(前期型)。写真は再掲。こちらは2000ccモデルなのでバンパーがすっきりしている。

しかし、忘れていた頃にひょいと手に入ったりするお宝。この趣味、やめられんな~。

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閉店

正月に実家(と言っても近所だが)へ帰っていた折、
なんとなく、またポートアイランドの「IKEA」に行って
おやつを食べて夕食の用意を、と隣の「イズミヤ
スーパーセンター」に行ってみると、2月末で閉店
するという。調べてみると2006年3月開店なので、
丸4年で撤退ということだ。まだ新しい感じのする
巨大な店舗跡をどうするのか、という興味もあるが
「IKEA」でインテリア商品を見て回る→「イズミヤ」で
買い物。お茶は気分によって「IKEA」か「イズミヤ」
のフードコートなどで済ませるという、近頃この一家
の休日定番ドライブコースだっただけに、被る打撃
は大きい。ポートアイランドでは「イズミヤ」に隣接
するホームセンター「ムサシ」が2006年3月に開店
して2007年2月に閉店、巨大な店舗跡が放置されて
いるが、今回の閉店で巨大店舗跡がもう一つ増える
ことになる。

ちなみにダンナが行くスーパーセンターは明石に
もう一つあるが、こちらは大丈夫なようであり、また
姫路の夢前川駅南にある「ムサシ」がまだ営業して
いるところを見ると、大型店舗に適した立地条件は
難しいものだと思う。クリスマスにワインだの丸1羽の
鶏だの重宝していた明石の「カルフール」が閉店し、
「イズミヤ」が閉店し「何となく外出」するところが減る
のは辛いものがある。なんだかんだ言ってこの不況、
地方部では20年くらい続いているのではなかろうか。
首都圏は好況だったときもあったようだが。

別に日本が東京で、東京が日本であっても構わない
かも知れないが、この状況はなあ~。

結局、神戸空港もあんな状態だし。

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注連飾り

一時期、クルマへの注連飾りを休止していた
ダンナではあったが、こういった古いクルマに
「似合う」アイテムでもあり、昨年より控え目に
復活していた。

しかし、今年は

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ジャーン!

ヤンキーか!と。

いや、いつもの通り玄関用とか勝手口用の飾りを
買いに行くと、この「交通安全」札付き明らかに
「クルマ用」が、某ホームセンターで「\98」 で
売られていたために、思わず買ってしまったもの。

どうでも良い話だが、ダンナ実家に帰ると、近所に
1軒だけクルマにも飾る家があるのだが、この飾り
がダンナのと同じものだった。

やはり、\98だったのだろうか・・・?

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迎春

みなさま、あけましておめでとうございます。

2010
というわけで、今年の年賀状。

山陽電鉄「2010」←そのままやないかい。
昨年「2009」号を出したので、今年はさすがに
山陽からは離れて他社資料を探したが、ダンナ
自身が忙しくて考える暇がなく、結局恐らく友人
のほとんどが予想したであろう図柄になった。

そもそも、鶴橋にある近鉄のショップで発売され
ている近鉄車のイラストの付いたTシャツを見て
「手をかければ自分にも描ける」
と試しに作成したものが昨年のもの(↓)であって、

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これも時間が無かったので何となく描き込めずに
近鉄さんのイラストには敵わなかったわけだが、
今年こそは!と気合を入れたにもかかわらず、
やはり年末は時間がなく、適度に手を抜いた作品
になってしまった。

さて、来年は近鉄レベルに高められるかどうか。
まさか山陽2010号の反対側先頭車である「2011」
号にするわけにはいかないのだが・・・。

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