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ルーツ

ダンナ父死去により、何やかんや名義変更だの面倒くさい事務作業が山積しているのだが、まあ処理が進まず放置しているものが多数ある一方で、今まで実はよく分かっていなかったダンナのルーツに関する事項が判明したりする。以前も書いたようにダンナ父方のルーツは高知にあり、当然ダンナの姓は高知に多く四国ではありふれたもののために、おかみは神戸に来て初めてこの姓が「比較的少ないほうの部類」に入ることを知ったらしいが、ダンナ自身、高知とは言っても広い高知のどこから来たのか全然知らなかったのである。

が、今回事務作業の過程で登場した戸籍謄本により、生まれて初めて自分の先々々代(すなわち曽祖父)からの出生の秘密(?)が明らかになったのである。この意味は決して小さくない。これによると、曽祖父と現在の高知市若松町にあった現在のダンナ姓の女性との間に祖父は生まれた(嫡出子ではないらしい)。このとき曽祖父の姓は「Y」で、のちこの女性と結婚し廃絶しそうになった家(恐らく母親の実家)の姓を名乗り「M」となる。この際祖父は嫡出子となっている。「M」氏は高知市帯屋町にあったが、祖父は今度は自分の母親の家が廃絶しそうになったため、その姓を名乗ることになった。以前、父方祖母は「自分は士族だ」などと自慢していたらしいが、帯屋町は高知城の真下にあって現在は繁華街であり、当時でも都市部であったので確かに武士か商人であったことは間違いなかろう。これが現在のダンナ家へとつながるのだが、神戸で大工をしていたくらいだから高知で食べていくことができないほど没落したのだろうが・・・。
ただ、ダンナ父葬儀の際に、恥ずかしい話だが宗派が不明だったので聞き回ると「神道」だということが判明している。実際は葬儀社と相談して近所の真言宗から呼んできて仏教で済ませてしまったのであるが、元々の地である高知市若松町は海辺でもあり神道って「金毘羅さん」かも知れないな~、と思う。ルーツと言っても現在高知との関係は全く無く、おかみもダンナが高知の家系だと言っても曖昧な気分だったようだが、今回の資料発掘によりかなりはっきりとしたイメージが出来たようである。

ダンナ家、高知弁を使うわけではないが、そういえば正月の雑煮だけが「すましに丸餅」の高知式なのである。酒好きの遺伝子もどうやら残っているようだし。いごっそうの末裔であるからして。

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コッコ1号と高知市の中心、はりまや橋交差点。「M」氏のあった帯屋町はここから西へ徒歩5分程度の大丸付近。ダンナ姓の家は写真に写る土電に乗って知寄町3丁目下車、少し南下したところ。

次回、高知へ行った際にはひとつ調べてみるか、と思うダンナであった。

※6/5追記
高知の雑煮は角餅だそうで・・・。関西で入手容易な丸餅に変えていたみたい。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

お互い好みの食が似ているのも このルーツからですかねえ
一番気になるのは 漢字の「岡」という字です
これって いまだに本当の意味が判りかねています。

OKMRのルーツ 高知県にある仁淀村って 同じ苗字がずらっと並んでいるんで ご近所さんは皆 名前で呼び合っていて 不思議な感じがします。
別に親戚ではないはずなのですが 明治初期に苗字を名乗るようになった際の経緯が もうすこしわかるとおもしろいのですが そういう文献に行き当たったことがありません。

また 血筋のことですが 高知では普通に家のやり取りがあったみたいで ウチも家系と血筋が高知関連は複雑です。
藤原氏やら 佃氏というのが 出てくるのですが 昔はそういうものだった というふうに 受け入れています。

そうそう 父が高知市内に子供の頃学校で出かけた際 「道がろっくいのう」と皆が言ってて 先生が恥ずかしいから言うなといわれた といつぞや語っておりました。

投稿: OKMR | 2010年6月 3日 (木) 23時30分

ルーツを探る。機会がないとできませんよね。

当方も2年前父葬儀の後、戸籍を遡ってみるといろんな発見がありました。

旧葺合区での記録は戦時中の空襲で焼失し、区役所の方から他の区だったら江戸から近代になった以降は判るんやけど・・・と言われたのは残念でした。

実際、父方の祖母をたどると江戸時代まで西播の市役所ですぐ出てきました。武家屋敷通りの屋敷番号が判明し帰りにちょこっと覗いてきました。

菩提寺も父が祖母に連れられて墓参りしていた寺も該当せず、過去帳も探してもらいましたが、記録が無かったんです。

小学校の同級生がいぶきダンナと同じ姓なんですが、関係あるかも?

投稿: アルプス銀水タクシー | 2010年6月 4日 (金) 18時43分

OKMRさま
うちの父は死ぬまでルーツの話をしなかったので、結局何もわからずじまいだったんです。少なくとも高知市内だとは知りませんでした。高校のときに同じクラスの女の子から「親戚だ(血はつながっていないが)」と言われて父に聞いたのですが、結局何も教えてもらえず・・・。私の現在の姓が妻方の家が絶えそうだからと継いだ話は聞いていましたが、その前にもう一つ別の家が関係していたとは今回の発見です。
「岡」地名・人名以外では使わない文字ですね。そもそも日常ではあまり出てこない単語ではありますが・・・。

投稿: いぶきダンナ | 2010年6月 5日 (土) 08時49分

アルプス銀水タクシーさま
高知城下すぐの地番ですので、恐らく江戸時代には遡れるものと考えています。母方は少なくとも江戸時代には三木にいたことは間違いないので、今回高知のほうもある程度分かったことになります。現在の地番ではどこになるのか、次は現地で調べたいところですね。
小学生の同級生のお話。私の姓は高知ではわりとありふれたものですので、元は高知出身なのかも知れませんね。どこかでつながっている可能性はあります。私は小中学生時代に同じ姓は全学年を通じて私だけであり、高校になって1人いましたが、それだけ。会社にも他にはいないはずです。

投稿: いぶきダンナ | 2010年6月 5日 (土) 08時58分

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