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TOKYO METRO 1978

こういう比較にあまり意味はないのだが、ブログのネタとして電車の前にコッコ共を立たせたのは事実である。

Metro05n_2
今回の旅行で一番お世話になった東京メトロ東西線。いろんな車両が走っているが、主力なのはこの05n系。大人しい顔の05系のほうがダンナ好みではある。

Eidan5000
1978年正月。営団東西線5000系とダンナ(当時6歳)。もちろん非冷房・前面に車番無し。さすがに先頭部の帯は太くなっているので全くの原型ではない。

Metro03
東京メトロ日比谷線03系。特に新しい車両ではないし以前も撮っているのだが、コッコ1号・2号とは初めての組み合わせ。

Eidan3000
同じく1978年正月。営団日比谷線3000系とダンナ。アルバムにピッタリくっついていたので、そのままスキャンしたら完全にピンボケ状態だが、元の写真はちゃんと写ってます。念のため。

Metro02
東京メトロ丸の内線02系とコッコ1号。02系も20年以上走っていると思うが、今回の目新しい点はワンマン化されたこと、ホームドアが設置されて写真がめちゃくちゃ撮りにくくなったこと、かな。

Eidan500
またまた1978年正月の営団丸の内線500形とダンナ。 中間に挟まっていた300形とか400形は前照灯のソケットが下から生えていたが、500形は正面を向いていたと思う。ぱっと見た目は同じなんだが。コドモというのは、そういうのを見ているのである。

おお~、何気にメトロって車番の書体ずーっと同じなんや。ふとしたことから伝統やそれを尊ぶ企業風土が感じられたりするものである。やや大げさかも。

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コメント

おぉ~、これは貴重な写真ですね。
貴殿が東京に行ったころの年齢はまだ関西からほとんど出たことなく、東京なんて図鑑の中だけの世界です。

真っ赤にサインウェーブの丸の内線や、マッコウクジラの日比谷線は図鑑でも見たかなぁ。

こうやって、子供と一緒に残しておくと、車両そのものの記録写真にはなりませんが、本人や家族にはいい思い出になりますね。

投稿: みささ | 2010年9月28日 (火) 19時59分

車両もそうですが時代が感じられますね。
良い記念ですね。
で、本日は須磨でご苦労様でした。

投稿: You-enてっど | 2010年9月28日 (火) 21時12分

赤い丸の内線は懐かしいです。横腹の網目みたいな
飾りが独特で。地上鉄の部分で写せたし。
丸の内線が開業した時に人文地理学の教授が「乗りたい」
と休講にして,当時の2レ「つばめ」のスロ60で上京。

鉄な先生は阪神淡路大震災で亡くなられてしまいました。

投稿: 830 | 2010年9月29日 (水) 08時50分

>みさささま
そうですね。電車の写真そのものは”鉄”のみなさんが、それこそ何千何万と残してくれていますので、30ウン年前の写真と同じような構図で撮ることに意味があるのかな、と。

>You-enてっどさま
この写真は本文にも書きましたが、それ狙いです。面白い記録になったと思います。
須磨・・・、大変だったですね~。しかも女じゃないし。

>830さま
丸の内線の車両、今も外国で働いているようですね。現在の車両も悪くはないのですが、あのサインカーブのモチーフがどこかに残せなかったのか、と思ったり・・・。
幸い、私の”鉄”知人には震災で亡くなった方はいませんでした。もう15年以上前の話なんですね~。


投稿: いぶきダンナ | 2010年9月29日 (水) 18時23分

i-phone4から初めてアクセスしてみました。
団営地下鉄と聞くと、真っ赤な車体にと思ってましたが、もう違うようですね?
先日、15年振りぐらいに東京に行ったら、無茶苦茶変わっていてショックでした。
それはそれで楽しめましたが、懐かしい写真を拝見しました。

投稿: こういち | 2010年9月30日 (木) 11時13分

懐かしい・・・1978年と言えば就職してよくお上りさんし始めた頃です。

民鉄各社にも吊掛け車が優等列車で唸りを上げて走っていましたし、東京メトロさんは旧の帝都高速度交通営団という立派な名称から一変しましたが、歴史のある銀座線、丸の内線は古いながらも堂々とした雰囲気で好感が持てましたね。

打子式ATSの動きとか、電球色の照明などメカニックな部分とレトロな雰囲気がありました。

写真って撮っておくもんですね~。

投稿: アルプス銀水タクシー | 2010年9月30日 (木) 13時00分

>こういちさま
電車の耐用年数を考えると(もちろん部品を交換し続け、車体を補修し続けることが可能ならば永久に使えるのかも知れませんが)、東京のほうが普通で関西のほうは不景気・乗客減などで更新がままならない状況だと言えます。ただ、私も子供の頃の絵本なんかに出てくる電車なので思い入れがあるんですよね。

>アルプス銀水タクシーさま
確かにこの頃はまだ関西私鉄のほうが「きれいな電車」という印象があったようです。経年も東西似たようなものだったかと。今は歴然とした格差が付いてしまいましたが・・・。
銀座線はデッドセクション通過時に一瞬室内灯が消えて非常灯が一瞬点くという体験もしましたが、今思えば貴重な経験だったと思えます。

確かに写真は撮っておくものです・・・。デジカメになると「何でもかんでも」撮ってしまうことになりますが・・・。

投稿: いぶきダンナ | 2010年10月 1日 (金) 13時42分

そうですね。
書き込み忘れましたが、デッドセクションで照明が予備灯に切り替わるのもありました。ちなみにロンドン市営では、その区間が長くて日本人には不安になるところです。

首都圏では国鉄、民鉄各社を単に「〇〇線」と呼んで
国有、私有関係無しに一路線として扱う考えがあるようです。
その辺は旧知の方と上京時によく飲みながら話題にあがることがよくありまして・・・。
山手線から放射線状に各方面へ伸びるその形態からか、選択枝はあまり無くて並行していても単に理論的に選ぶような印象があります。

投稿: アルプス銀水タクシー | 2010年10月 3日 (日) 12時13分

>アルプス銀水タクシーさま
関西圏では「阪急電車」「南海電車」などという表現をしますね。JRにしても以前は「国電」という呼び方はしなかったと記憶します。
~という話は有名なんですが、本家本元のはずの大阪市営地下鉄では車内放送で「阪急線・阪神線は乗り換えです。」とやってますよね。車内案内文と日常の用語が違うわけですが、乗るたびに微妙な違和感を覚えます。

投稿: いぶきダンナ | 2010年10月 4日 (月) 05時40分

大阪市営地下鉄でもう一つ気になる車内告知があります。
梅田駅到着時、「JR大阪駅、阪急、阪神線はお乗換えです。」というもの。梅田と大阪という駅名の違いから不案内者を救うためでしょうね。

ただし続く英語では「・・・JR、Hankyu、Hanshin Line」と言っているのですが・・・。
首都圏の合理的思考が流れてきたのは考えすぎでしょうか。

電照盤案内には阪急電車、阪神電車と表示されていて、関西式の置き土産なのか?と思います。

ちなみに、在阪他社でも近鉄線、京阪線、南海線と言うのが多いです。でも北急線とか能勢線とかは言いませんね。「北大阪急行、泉北高速、能勢電鉄、水間鉄道」と言っています。

投稿: アルプス銀水タクシー | 2010年10月 6日 (水) 04時12分

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