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西日本車体 96MC B-Ⅱ ペーパークラフトの製作

公休日に台風が重なり、外出できなくなった週末。とにかく何でもすることがあるダンナ、室内作業が進む進む。久々の新作96MCもやっと印刷して組み立てる段階に。

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印刷・切り出したらまず前後のドアを取り付ける。いぶき工房推奨の組み立て方である。公式側は下部に余白を残してドア取り付け後に切り抜くこととしているが、はさみが入りにくいので工法を変更したほうが良いかもしれない。特に前ドア下部の処理に四苦八苦。製作者張本人がこれなので、改善の余地がある。

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今回、前作日野リエッセと同じく車体上部を絞る表現を取り入れた。大型車では初めての試みである。実は将来的に作るつもりの初代エアロスターで採用する予定だったが、なぜか実際は四角い箱のように見える西工96MCでやってみた。正直言って困難な工作には見合わず目立たない。

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ドアが付いたら屋根を折る。最近は裏側に折り筋(千枚通しなどで付けるもの)を入れずに、自分のイメージで「えいやっ!」と折ることにしている。頭に西工のイメージを抱いて一気に攻めるのである。これに熟練すればエッチング板の鉄道模型製作にも応用できるかも知れない。とにかくこの”折り”で西工らしさを表現できるか否かが決まる。

ちなみにダンナ、こういう表現には自信がある。なにせ鉄道にしてもバスにしてもクルマにしても、屋根カーブや各部のデザインの微妙な雰囲気を把握して頭の中で消化するのが得意だからである。そのため似せて作ることが可能なのだ。う~ん、実際問題これでメシが食えれば今頃会社員はしていないのだが・・・。

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前部。方向幕周りは屋根Rとの合いが悪いため要修正。フロントガラスも端部を少し修正。貼り付けも上下関係を入換。厚手の上質紙を使用してみると薄い紙の試作では気付かなかった修正点を発見できる。これを直すとして、どうも5月中の公開は難しそうだ。

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一旦完成した96MC(右)。日野リエッセ以来となる4年ぶりの完全新規製作品である。

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後部から。エルガ(左)とは全く違う毛色なので良い感じだと思うが。バンパーに見える凹んだ表現や立体的なマフラーなど、月日を経た分いろいろな新しい表現が生まれていることに気付く。常に向上を目指すのも「いぶき工房」クオリティである。

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思い込み

ダンナ、長い間稲美町は「神戸ナンバー」であると思い込んでいた。この件で再三「神戸ナンバー」だと記載している。だがしかし、実は「姫路ナンバー」なのである。ダンナ、稲美中央公園駐車場でクルマを見ていて、みんな「姫路ナンバー」だと気付いてはいた。しかし、思い込みとは恐ろしいもので、「事実」を目の前にしても「真実」が見えないものなのである。会社の同僚が「真実」と「事実」は違うと言ったこともあったが・・・。

Minicab
そろそろ珍しくなってきた4代目三菱ミニキャブ。もちろん「姫路ナンバー」。事実を前にして真実が見えないわりには、珍しくなったこのミニキャブを「撮る」という点でダンナ冷静である。

Corollavan
同じく稲美中央公園でのE100系トヨタカローラバン。プロボックスに置き換えられて消えていく車種である。今撮ることが大事なのだ。こちらも「姫路」ナンバー。この時点で不思議と思いつつも・・・。

そもそも、どこかで「稲美は神戸ナンバー」と聞いたのである。ただ、稲美町自体が神戸から見るとマイナーな自治体だったので、現実問題として忘れていたのだ。ところが、あるとき某社の高速バスが「稲美町でキャンピングカーになっている」という情報を聞きつけ、現地に出向いたところ、その”キャンピングカー(実際は某社の高速バス)”が、神戸ナンバーを付けていた。これにより、過去の誤った情報と目の前にある現実が結びついて「稲美町は神戸ナンバーである。」という間違った情報がインプットされ、強固に脳内のシナプス回路に固定されたのだろうと推測する。

そう言えば、ダンナ父が文系で読み書きにうるさかったにもかかわらず、「出羽」を「でば」だと信じていた。思い込みというのは、そういうことなのであろう。

ま、とにかく。稲美町も「姫路ナンバー」なのである、と。

失礼しました。

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播磨町or稲美町

平成の大合併が起こる前、全国で「村」という行政区分が存在しないのは兵庫県と香川県の2県しかなかったという話であったが、それはともかく。クルマのナンバーが稲美町は「神戸」だが播磨町は「姫路」だという話、それもまあ置いておいて。

ちょっとした時間に外で弁当でも食べられそうな場所を物色し、コッコ共を飽きさせないためにはどこに連れて行けば良いかという、そんな話。今回、小学校に行っていて留守の1号を除くダンナ一家は兵庫県は加古郡にやって来た。現在は播磨町と稲美町の2町だけがある郡。しかもこの2町、不思議なことに近いが接してはいない。

今回はその2町の郷土資料館なるところへ行ってみた。歴史のキライな人には全く頭の痛くなるような施設であるが、ダンナとおかみ、とにかくこの手の物件が大好きなので、迷うことなく侵入するのである。
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稲美町郷土資料館。水不足に悩む歴史が分かる。そう、ここへ淡河から日本初のサイフォンで水が引かれてくるのである。以前の記事はリンク先へ。そう、あの御坂のサイフォン橋と稲美町が、頭の中でようやく繋がった。

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郷土資料館に隣接して建てられた「播州葡萄園歴史の館」。この地は国営葡萄園が開かれ、ワイン製造に乗り出そうとしたこともある。その志は潰えたが、もし発展していたら甲州ワインを押さえ確固たる地位を築いたかも知れない。

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稲美中央公園「万葉の森」。稲美はかつて「印南野」とも記され、歌枕として万葉集に詠まれた地でもある。歌碑の多く建つ日本庭園には東屋もあり、平日ならば静かに豊かな時間を過ごすことが出来そうだ。

さて、食事を終えたら播磨町に向かう。

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こちら播磨町郷土資料館。国の史跡である大中遺跡公園の中にある。

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資料館裏手には別府鉄道の機関車と客車が保存されている。2両とも車内に入れるが、非常に美しく保たれており好印象。

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同遺跡公園にある県立考古博物館。平成19年に開館したという。ちょうど今の季節は小学校6年生の学習進度(大体、古代なんでしょうね。)から混雑する時期だという。この日も数校が来ていて平日で静かな遺跡を期待していたダンナ、見事に裏切られたわけだが。新しいだけに展示物その他がまだキレイで、お得感のある施設だと思う。駐車料は有料ながら時間制限なしの200円だし。

いずれもコッコ共にはやや難しいが、ダンナとおかみは十分満足できる施設であった。また行くべし。

 

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不敗神話

などというものが、結局「神話」に過ぎないことは歴史が証明するところではあるが、ダンナ、ここ15年ほど甲子園で観戦してタイガースの負けを見たことはない。年に1~2度行けば良いほうで、毎年欠かさず行くわけでもないので”神話”と言うにはおおげさだが、一応事実である。

「さんようタイガース号」山陽電鉄が運行するもので、姫路から甲子園までの団体臨時タイガース応援列車である。これも毎年数回運行されているが、運行日の成績は14勝4敗くらいだったかで勝率は極めて高い。ダンナ、この列車を撮ったことはあるが乗るのは初めて。

今日は中日戦。前日は負けているがダンナ+タイガース号効果で勝利間違いなし!

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明石駅で停車中の「さんようタイガース号」

ダイヤの合間を縫うためか阪神電鉄に乗入れてからはノロノロ運転となり、西宮駅場内で相当待たされたが、とにかく団体ゆえ途中から誰が乗ってくるわけでもなく、ビール飲みながらノンストップで走るのは気分が楽で良い。

Koshien_1
試合開始1時間前はこの状態だが、当然このへんは満席になり身動きが取れない状態に。

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7回。恒例のジェット風船が舞う。

それにしても面白くない試合であった。大体外野にほとんどボールが飛んでこないし。泊まり明けで睡眠不足のダンナ、ダルい展開で本当に眠くなり、目の前を行き来するビール売りのおねーちゃんの顔ばかり見ていた。コッコ1号、野球のルールが分からないため試合より応援団の動きしか見ていない。ファール飛んできたら危ないで。

Daiei
やれやれ。試合終了後に甲子園駅が大混雑するのは火を見るより明らかだったので、駅前ダイエーのフードコートで一服して回避。喉が渇いたとおっしゃる1号にカキ氷を食わせて、ダンナ食べ残しの枝豆やポテトをアテにビール。

というわけで、脆くも崩れ去った”神話”。いや崩れ去るからこそ「神話」なのだと、それは冒頭に書いたとおり・・・。

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進捗状況

5月12日現在の進捗状況は以下のとおり。

Nsk

車体のほうはあまり進んでいない。非公式側の裾部分のみ。播磨観光タクシーさまからの依頼もあって、局番その他レタリング類全て「西工バージョン」のものを新調していたら1日使ってしまった。雨なのでちょうど良い室内作業。太くてブサイクなレタリングを付けたら「やっぱ西工ってこれよね!」みたいな気分になる。

あと、後バンパーとその他細部パーツもろもろの製作で多分完成。今回はデンソーで作って数点バリエーション展開する予定でいるが、早くサモキンを作らないと制約が多くて困る。頭の中では大体の展開図が出来ているのだが。

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鉄人28号

神戸駅で久しぶりに市バスでも撮ろうと思って出かけたのだが、新長田で海岸線に乗り換えようとする途中で萎え、「鉄人でも見に行こか。」ということに。

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おお~、巨大じゃ。

近くなので「いつでも行ける」と思っているうちに・・・。結局初めて見る。

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リアルというよりあくまで原作やアニメに近いデザインがなされているようである。造形や色合いもイメージに合う感じ。見に来て良かった。

原作者の横山光輝氏は神戸出身で、新長田では同じく氏の代表作の一つである「三国志」にちなむ町おこしが行われている。

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神戸市営地下鉄海岸線の5000系。同線の駒ヶ林駅は「三国志のまち」という。いやはや、まあ大きく出たものである。「三国志」とは言っても、堅苦しく言えばここで言う「三国志」とは明代に成立した「三国志演義」が元になっている。すでに江戸時代には日本の民衆に広く親しまれていた超有名な物語であって、何となく”駒ヶ林”とつながりにくいのだ。う~ん、何か良いたとえがあれば良いのだが、三国志のスケールの大きさと”駒ヶ林”のめっちゃローカルな感じのギャップが大き過ぎて・・・。もちろん横山光輝=三国志だということは理解するし、三国志ガーデンが出来たとか、いや分かるんですけれども。

ダンナ、横山光輝版「三国志」は未読なのだが、その原案となった吉川英治版のほうを先に押さえたほうが良いだろうということで、こちらは読破している。まあ登場人物の名前を覚えるのが大変だったかな、と。漫画のほうもいずれ。

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今夕の行動

朝、帰還。少し仮眠して昼食を済ませたあと馴染みの散髪屋に出かける。店を出たらすでに16時40分である。天気は曇り。薄暗くなってきてなかなかの良いコンディションだ。何が良いって、そりゃ「LED方向幕を撮影するための」である。ペーパークラフト資料として最後に必要になるものでもある。

普通、バスの形式写真はこう撮るのが一般的だ。

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神戸市交通局 933(松原)
 三菱ふそうエアロスターS PKG-AA274KAN(西工) 2007年式

公式側(ドアの付いている側)が基本だが、晴天だとクルマがキレイに写ってもご覧のようにLEDで点灯する文字がなかなか写ってくれない。シャッタースピードが速いのが原因だが、日頃これをいじくって撮れるような余裕が必ずしもあるわけではない。

今日はすでに17時。いよいよ暗くなってきた。LED文字を撮るチャンス。早速同じ場所に出向いてみると・・・、

Kobe_807f
神戸市交通局807(松原)
 日野ブルーリボン KC-HU2PMCE改(日野) 1999年式

こういうときに限って本当の方向”幕”車ばっかりがやって来るのである。意味ないじゃん。ダンナ日頃の行いが悪いのであろうか。それとも舞子駅で見かけた山陽バスの日産ノンステップを「寄り道して撮ろうかな。」と迷ったことが悪かったのだろうか・・・。

Kobe_975f
神戸市交通局975(松原)
 三菱ふそうエアロスター LKG-MP37FK(三菱) 2011年式

意地になって1時間ほど立ち番。相当薄暗くなってゆく中でただ立っている四十男は単なる不審者に過ぎないが、まあ新車が撮れたので良しとしよう。ちなみにLEDをこういうふうに撮りたかったわけである。

話は変わるが、神戸市バスついでにペーパークラフトの進捗状況を。今回前面の局章を新調、有名な「西工バージョン」を製作した。(製作のために播磨観光タクシーさまより資料写真をいただきました。)

Kobe

右が標準的な局章。左が今回製作の西工バージョン。2つの扇自体が太いのと、交わる箇所が異なるため、ご覧のように雰囲気が異なるものとなっている。これ、カマボコの頃にはすでに存在した由緒ある(?)もので、結局西工終焉まで変わらなかった。材質も他メーカーとは異なっていて、厚みのある重いものだった。

さて、いよいよここからがラストスパートである。乞ご期待。
 

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姫路市営モノレール

姫路の手柄山中央公園に「手柄山交流ステーション」と称し、市営モノレール車両を駅ごと展示する施設が完成したので行ってみた。開業3日目、ダンナとしては非常に早く駆け付けたほうである。

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当時のホームに停車状態で保存されたモノレール車両。営業休止した1974年から、2009年に一時公開されるまで実に35年、こうやって整備されるまで37年の月日が流れている。ダンナ現役時代を見ることはなかったが、以前からモノレール廃線跡を見ていただけに特別な感慨を持ってこの光景を見た。

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車内。ちなみにモノレール車両は4両あり、今回こうやって日の目を見たのは両運転台の200形201、202号車である。片運転台の100形101、102号車は解体され部品展示とされているが、30年以上も人知れず残っていたのだから解体は惜しかったと思う。まあ2両展示は妥当な線だが、マニア的には100形、200形各1両ずつ残すべきだったかな、と。解体してしまったのでは片運車100形の連結面が判らんようになるではないか、と。模型製作者の視点ではあるが。

残念だったのはグッズ販売員。どこかのマニアがバイトでやっているのだろうが、客すなわちダンナが前に立っても「レイルマガジン」誌から目を離さず、もちろん挨拶もしない。おいおい。オレが「いぶき工房」のダンナだと知っての狼藉か?成敗してくれるわ。

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モノレールだけでなく、先日廃業した市営バスの写真も展示されている。

資料展示を見ていると、某社の某氏に偶然会う。だいぶアルコール臭い状態で「日生から来た」と言うのだが、まさかクルマとちゃうやろな。お連れの方が運転しとるんやろな。

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ホームには当時のままのこんな電照広告も・・・。

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現在も大部分が残り、ある種”姫路名物”と化しているモノレール線路。ダンナ子供の頃は姫路駅部分もあったし、大部分というより「全部」残っていたものだが。

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スタンプラリーに参加したために、名古山霊園に来ることに。告白するが手柄山中央公園に来たのは今日が生まれて初めてである。名古山も然り。

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せっかく来たので仏舎利塔内部へ。中央にあるのが仏舎利だとか。いや、ホンモノだという。大体、世間の三重とか五重塔はそもそも仏舎利が納められているはず、というか、そのための建築物なのだが、まあ、それはともかく、ここのはホンモノらしい。

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