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いすゞ・ファーゴ/コモ

いつもの道を走っているのに
「あっ!」みたいな発見。

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ファ、ファーゴやん!どう見ても死んでいるようだが。

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前に回るとナンバーが付いているではありませんか。現役とは思えないが、それにしても「いつもの道」だけに今まで未発見なのも不自然。もしかして「生きている個体」か?
さすがに後期型だが。地味ながらこの「丸っこさ」がたまらない魅力のファーゴ。このところ廃車体もなかなか発見できずにいたのだが・・・。

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ちなみにここ数日は珍車を多く発見している。探してもな~んも見つからんことが多いのだが、発見し始めると続くものなのである。写真は数日前に見つけた2代目ファーゴ。言うまでもなく日産キャラバンE24系後期型のOEMである。

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E24キャラバン、いやファーゴのリアスタイル。いつか忘れ去られる商用車だけに、こうした記録がいずれ日の目を見るのである。きっとね。

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キャラバンのE25化により名称が「コモ」に変わった。キャラバンだと思って見過ごすと発見できないため、E25を見るとこまめにチェックしておくことをお勧めする。(誰に?)
単色のものより、こうした企業カラーを纏ったものが”萌え”だ。

Como_2
これも「コモ」。リアもきちんと記録しよう。緑ナンバーを付けていることも”萌え”ポイント。いつしか貴重な記録として後世に伝えられることだろう。(たぶん)

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山陽鉄道フェスティバル2011

山陽鉄道フェスティバル2011。もう気が付けば鉄道模型コーナーもフェスティバルと同じ11回目を数える。この種の工場公開には「お約束」とも言える催しではあるが、同業他社においても運営は難しいらしく、担当者も(各社とも変化しないため)だんだん年を取ってきて「疲れてきた」感が漂うようになってきたのも事実。とは言え、ここ東二見は今年も新作・初お目見えが続出し、展示・走行車両総数203両。多くの協力者を得て関西私鉄のイベントでは質・量ともに最大規模に成長した。

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会場の裏面でやや場所が分かりにくかったようだが。

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人気コーナーの一つだけに大盛況。ありがたいことである。

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今年の新作、中央に見える阪神8245ほか6連。(うーやんさま製作)
お得意のプラ製。製作過程は「鈴工」で公開中。

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ダンナ、電車の新作は無いが家・ビルを作ったよな、と。簡単な工夫が車両を生き生きと見せるのに役立つ。通過するのは今年の新作、阪神7001・7801形6連(3427Dさま製作)
こちらはペーパー製。製作過程は「西日本北近畿旅客鉄道」にて公開。

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山陽電車からは2014F(左)が新登場。我が国初のアルミカー2012F(右)の姉妹車でこちらはステンレスカー。ロマンスカー2010Fの陰に隠れて終始地味な存在であった。
2012Fと同じくペーパー製。(You-enてっどさま製作)

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新作ではないが、2000系2000Fと270形270-271の2編成が新たに加わった「思い出の山陽電車」コーナー。ともにまゆ模型のペーパー製完成品で、今までこの運転会に無かった車種をと中古で入手されたとか。これにより2000系は最後に残った5編成が全て再現された。3550形化された1500を加えると全てのバリエーションが揃ったことになる。

いぶき工房でも公開中

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祭りの日には

先日、某警察署の駐車場でWY30セドリックのパトカーが順光で止まっていたので、撮影を申し込んだのだ。駐車場にいた警察官の対応は非常に親切だったのだが、事務所に行くと断られた。(黙って撮れば良かったのだが。)

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交番の前に止めてあるようなパトカーは、まあ撮っても怒られないだろうが、それにしても堂々と真ん前まで近づくわけにもいかず、離れた場所から望遠で・・・。(三菱リベロ)

が、祭りの警備応援にやって来るパトカーは狙い目と言える。人出が多いため撮っていて咎められることもない。こちらは別に国家の治安をどうにかしようとして警察車両を撮っているわけでもないし、別に特に秘密のありそうな変な形態の車両を狙っているわけでもない。まあ、そろそろ記録しておかないと無くなるよね、みたいな。

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日産ADバン(Y10系)。ファミリアバンかも知れんが、まあこの手もあまり見なくなってきた。

ADバンのファミリアを追っていたりすると、「そもそも純正のファミリアバンってどんなんやったっけ。」みたいな記憶の崩壊をきたしたりするわけだが、それはともかく。2年ほど前、電車に乗っていると踏切の先頭に純正ファミリアバンのパトカーが待っていたことがある。踏切の管内からみて「○○警察署はまだ持っているのか」と署まで行ったことはあるのだが、奥のほうに止めてあって生死不明。もちろん撮影不能であった。

さすがにそれから2年も経って諦めるというか忘れていたのだが、先日、祭りの警備で出動しているのを発見、撮影に成功した。

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さすがに県下にそう何台も残っていないと思われる純正ファミリアバンのパトカー。

一度目は近づこうにも交代待ちの警官がわんさと乗っていて前を行き過ぎただけだったのだが、祭り会場の様子を見に行ってダメ元でもう一度行ってみると、ご覧のとおり。まさかそんなボロパトカーを何年も狙っているヤツがいるとも思わず、お巡りさんが車外で談笑しておられたので、難なく撮れた。

だから何なのだ、と言えばそれまでなんだが。

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430セダン灰皿

会社の方に入手を依頼していた430セダンのオルゴール付き灰皿が届いた。なにせ130セドリック(本物)を所有されているという猛者である。お願いしておいて間違いはない。

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前期型である。最上級グレードの280Eブロアム。「西部警察」ではなく「特捜最前線」だ。ダンナ、幸運にも最初に所有したクルマでもある。思い入れはただ事ではない。

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さすが”メーカー純正”だけにプロポーション再現は素晴らしいものがある。330同様やや腰が低い感じがするので、恐らく同じ作者が原型を作成されたのであろう。

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前にいただいた330と並べる。こういうオルゴール灰皿、330までのような曲線で構成されたデザインのクルマのほうが「それらしい出来」のような気がする。

まあ、こういう灰皿をコレクションしているわけではないので、あくまで自分の思い入れのある車種であれば、というレベルですので。念のため。

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微妙な記事

朝日新聞12日付の記事(を出そうと思ったら、すでに回収に出された後だったらしい・・・。)によると、

新幹線車両の寿命がどんどん短くなっている

のだそうな。例えば団子っ鼻の0系(くどいようだが正確には000系。団子っ鼻なんて呼び名は引退が騒がれだしてからのものだと思うが。)は44年も活躍したが、100系は26年、300系に至っては20年だ、という。技術革新と航空機との競争激化によりモデルチェンジサイクルが早くなったことが原因である、という。ご丁寧にも鉄道ファン(誰だか知らんが)のブログにも「まだ新しいと思っていた」などというコメントが増えつつある、らしい。

う~ん、なんか微妙だ。

新聞社には”鉄”記者がどこの社にもいるようで、各社とも時折こういう記事が何の脈絡もなく掲載される。この朝日の記事、ダンナのような”うるさい”奴のツッコミに耐えうる書き方になっており、さすがに文筆を職業とする人間だけのことはある。

何が言いたいかというと、

①0系は12~15年程度で廃車になっており、当然1964(昭和39)年東海道新幹線開業時の車両は1976(昭和51)年頃には廃車が始まっている。確か最後に残った山陽新幹線の0系にしても1981(昭和56)年以降に製造された車両ばかりであって、44年も走った車両は存在しないという、マニア的意見。

②0系は44年間、代替わりしつつも基本構造は変わらず活躍した。国鉄内部の事情もあったためではあるが、近年技術革新でモデルチェンジが早くなったのは事実であり、そういう意味では0系は44年、300系は20年という”寿命”は正しいという、技術論的意見。

記者は0系の代替わりは知っていて、あえてこういう記事にした気配がある。だが、これは一種の誘導ではないのか。この記事を読んだ大半の人間は「昔の車両は44年も大切に使ったのに今は20数年でポイか。」と思うのではないだろうか。競争社会や資本主義社会が生み出す何かに対する朝日新聞流の批判精神が表れていると思うのは、ちと考えすぎか。

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鉄道博物館(大宮)に展示された21-2。東海道新幹線開業時に用意された車両の貴重な生き残り。車齢12年で廃車となり長く吹田で人知れず眠っていたもの。

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宮津・籠神社

もう5年ほど前の話だが、天橋立を端から端まで歩いて、西国28番成合寺に参拝してそれはそれで堪能したことがあったのだが、橋立の先にある籠神社にもちょこっと行って素通りしてしまっていたことに近年気付いた。そう、籠神社の祭神豊受大神は伊勢外宮の祭神であり、ゆえに籠神社は「元伊勢」と呼ばれるのである。それとは別に各国の一宮を巡っているダンナとおかみが、丹後一宮でもあるこの籠神社はもう一度行かねばならぬ宿題でもあったのである。

いや、籠神社。一般には「このじんじゃ」と読みます。念のため。

宮津市内までは高速を使えばあっという間なので、また天橋立に行く手もあったのだが、今回は足を伸ばして伊根まで行ってみた。

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伊根の舟屋群。恐らく尾上松之助氏も来たであろう道の駅から望む。

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多分、海から見ないと値打ちが分からんのだろうと、丹後海陸交通の遊覧船で湾内を巡る。ただ、舟屋を見るというよりカモメに餌付けするという状態・・・。乗り場にも船内にもカモメ餌用「かっぱえびせん」が売られている。どうりで先に出航した船にカモメが群がっているはずである。

さすがに行楽シーズンとあって伊根にも大勢の観光客が来ており、町並みを散策する人、撮影する人、釣りに来た人などで賑わっていた。そうやね~、ここはゆっくり散策すべきなんやろうね~。ダンナとおかみペースだと丸一日使ってしまいそうだが。

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そうこうするうちに夕方になってしまうのである。そもそものメインである籠神社に急ぐ。シンプルな神明鳥居が伊勢との関わりを示す。本殿の鰹木も多く社格の高さを感じるが、千木は内削ぎとなっている。豊受大神は女神であるため内削ぎは当然と言えるが、実は伊勢外宮では同一神ながら男神と同じ外削ぎとなっているのである。これには何らかの理由があると思われるが・・・。

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今回はきちんと朱印をいただきました。元々、天橋立はこの社の天然参道だったのである。神社を司る海部氏は現在82代目。系図は国宝という。天照-豊受の関係をヒミコ-トヨだという説もある。トンデモ歴史なのか、ある種の事実を反映したものなのか・・・。いや~、この日本海側の歴史は興味深いものがあって、いずれゆっくりと・・・。

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このあたりをエリアとするのは丹後海陸交通、いわゆる丹海バス。阪急グループである。丹海バスと全但バスを混同している方も多い。琴電と琴参の混同は「琴」が同じ琴平なのでまあ良いとして、丹は丹後、但は但馬であって・・・、もう面倒くさいが。

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というわけで、加悦SL広場の営業時間には間に合わず。ダンナ一家のようなまったり行動パターンだと一泊しないと全部回れないな~。もっとゆっくりまったりしそうで結局回れないという結果が見えているようだが。写真はキハ083。多分全国で残った最後の08ではないかと。

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自分用のおみやげ。伊根と宮津の酒、地元加工の海産物、名物の金樽イワシ使用オイルサーディン。左上、ウニと海苔佃煮を混ぜるアテが最高に旨かったし、

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このオイルサーディン、1缶500円とかなり高いのであるが、やはり食べてみるべきだろう。そのままでもイケるが、今回はレモン汁をふりかけ、ガーリックパウダーを付けて食べてみた。まさにアテ。地元酒をレンジで燗して楽しんでみました。

いやはや、小さな(気分的には大きな)贅沢である。

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神鉄トレインフェスタ2011

昨年来ることが出来なかったので、2年ぶりの出動となった「神鉄トレインフェスタ」。コッコ1号が鉄道への興味を失った現在、この種のイベント、ダンナも実は来るのが億劫になりつつある(と言いつつ「バスまつり」にも行く矛盾・・・)。どこの社局もやっていることは毎年変わり映えしないし、余程の鉄道マニアでもないと毎年あちこちに出撃するのは難しいように思う。とか何とか考えつつ鈴蘭台駅から工場に向かっていると、帰り道のみさささまに出会う。これから新交通のほうにも行くらしい。さらに工場の入口でコッコ1号の同級生一家に会う。こちらも神鉄を出て新交通へ向かうと言う。いやはや、こちらにその気力は残っていない。

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神鉄の「顔」デ1100。すでに廃車も出て先日も保存車を見たような気がするが、まだまだ存在感を示している。奥の5000系、スカートを外すとこんな顔なんや、とか。

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それにしても、子供を乗せて走る”虎の子”6000系「ミニトレイン」の出来栄えは半端なモノではない。最近見たこの種の乗り物では最も完成度が高いと思われる。ここまで作り込むと値段も相当なもののはず。正直驚きました。

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存続問題に揺れる粟生線。ダンナ母実家三木も粟生線沿線だけに・・・。子供のころ山陽電車と神戸高速を乗り継いでよく行ったものだが、さすがに今の居住地からは自動車100%利用で神鉄に乗る選択肢は皆無なのだ。

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もう一つの神鉄の「顔」デ3000・3100形。そうそう、いつの頃からか「3000系」って呼び名もOKみたいになっていること。2000系とか5000系はそれが「正式」だが、3000の場合は「デ3000」って呼ぶのが正しいはず、ですよね~。

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赤穂の塩

数年前にも来た県立赤穂海浜公園。ちょっと遠くまでドライブがしたくなってやって来た。

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以前は駐車場の前にあった遊園地と足漕ぎボートで時間がつぶれてしまい、広い公園内を半分も回れなかったので、今回有料遊具はスルー。コッコ共には写真の難破船遊具でしばらく遊ばせ、ダンナとおかみは木陰で読書なんぞして過ごす。

まあ、そのまま夕方まで過ごしても良かったのだが、

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池の周囲をもう半周すると赤穂市立海洋科学館「塩の国」というのが建っている。とりあえずこの種の施設に入ってみたいダンナ、コッコ共を遊具から引きはがして連れてくる。

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ここでは各種の塩田が復元されており、現在も旧来の方法での製塩が行われている。体験施設では流下式塩田で作られた「かん水」を煮詰めて塩を作ることができる。こういうことをさせるとコッコ共は喜ぶ。ダンナもこういうのは大好きである。まったく単純なものである。

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これが流下式塩田。遠くから見て単なる復元施設かと思っていたら、実際に稼働している。海水を上から流すと竹の枝を組んだ枝条架を伝って水分が蒸発し、塩分濃度の高い塩水が出来る。これが「かん水」である。海水の塩分濃度が3%なのに対し「かん水」では18%に達する。体験施設で煮詰めてみると結構たくさんの塩が取れ、お土産として持ち帰ることができる。

しかし、この公園。行楽日和の休日にもかかわらず、マイナーな存在なのか非常に空いていた。じっくり回れば実は2日くらい費やせるのではないかと思えるのだが。オートキャンプ場やコテージもあるので、泊まりで来ても良いのかも。まあ丸2日過ごしてしまうのも勿体ないが・・・。

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