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経過報告

最近、あれこれと手を付けて仕掛品のまま止まっているものが多数転がっていたりする。

葬式厨ではないのだが。

Akashi

この時点で出してしまうと、何をベースにしているのかバレバレ。おまけにKLからPJに化かす途中だったりする。odori-koさまの領域を侵すつもりはないが、仕事上でのつながりがあったのである種の感慨を持って作っていたりするのだ。

Akashi2

やっぱり、やってみたいでしょ。こういうの。←アホです。

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電車deさんぽ

元々は土曜日の予定であった「散髪&散歩」だったのだが、天候仕事などの理由により今日に延期になった。とにかく目的地を決めずに何となくコッコ1号と散歩に出る。

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明石市交通部1791 日野PJ-KV234L1 2005年式

いつもの理髪店で2人とも散髪の後、本当は終焉迫る明石市バスに乗って明石駅に出るつもりだったのだが、コッコ1号が「バスは嫌い。歩く!」と言うので朝霧駅まで歩くハメに・・・。

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線路沿いのガストで昼食を取ったらもう日が傾く時刻。大蔵谷まで歩くのは面倒なので、とりあえず朝霧駅から207系で東へ。須磨で225系の快速に乗り換え・・・。

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京橋。コッコ1号殿が「京阪に乗りたい」と言うので(単なる思い付きだが)、やって来た。どうも環状線に201系が行き交う光景は未だ馴染めないものがあるのだが。ちなみに京橋まで乗ったのは223系関空快速だったりするが。

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京阪に乗り換え。古参2600系。旧塗装はまだまだ相当数が頑張っているが、撮影は今のうちだろう。カメラ小僧を結構あちこちで見た。

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三条。2200系。三井住友カラーとも言われる新塗装。ホント、通帳みたいだ。オバンの厚化粧の感。鉄道ファンは所詮懐古趣味に違いないが、この色、正直似合わん。

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三条。3000系。これに乗って京橋から来た。さすがに最初からこの塗装だけに違和感なし。ただ、京阪電車らしさ(を打ち破るためにこうしたのであろうが)も感じない。企業イメージを変える必要性があったのかどうか、どうも最近の京阪、迷走気味・・・。

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素直に帰ればいいものを、日も暮れかかってから大津線にチャレンジ。浜大津まで出る。1号って乗せたことが無かったのか(ダンナ記憶ないが)、道路を走る4両編成に興奮。

その後、浜大津からJR大津駅まで徒歩移動。そんなに遅い時刻ではないはずだが、とにかく店が開いていない。大津ってこんなところやったか?と思いつつ、大津駅で鮒鮨を見ていたら蛍光灯を切られた。オバハン曰く「6時で閉店」。商売っ気まるで無し。本当に近江か、ここ。

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京都駅で117系を見た。昨今の少年たちは、これがかつて新快速として華々しく活躍していた車両であることを知らないのであろう。そりゃ知識として知ってはいるだろうが・・・。にしても一部ロング化された300番台というのは納得できないが、末期色になってしまった岡山のヤツに較べ、この塗装の何と美しいことか。思わず見とれてしまったではないか。

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大枚をはたいて新幹線に乗り換え。新大阪から一駅だけ「さくら」に乗った。ダンナ、コッコ1号共初乗車である。

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頭で分かってはいるのだが、この電車で鹿児島まで行けるという現実。車掌の「途中、博多までご案内・・・。」博多は”途中”になってしまったのか・・・。まあそのうち乗らねば。熊本やら鹿児島へ。

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厄払い

1月18日~20日は多井畑厄神の厄除け祭である。神戸市バスマニアが集まり、各営業所からの応援バスを撮りまくる3日間、でもある。ただ、ダンナは今年が本厄なので、本当に厄払いにやってきたのである。

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クルマを名谷に駐車して所要約10分の直行バスを利用した。写真は20時を過ぎた頃、それにしてもすごい人出である。

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祈祷を終え、コッコ共が「何か食べたい」というので、あちこち見て回り、シロコロホルモンを買い求めた。

多井畑厄神。摂津と播磨の国境に位置し、畿内の守護とした神社である。770年に厄払いをした場所だとかで日本最古の厄除け霊地を自称するが、石清水より八幡宮を勧請して神社として成立したのは平安時代末期であり、比較的新しい。

まあ、そんな小理屈はどうでも良い。厄を払い今年一年平穏に過ごせれば、それで万事解決なのである。

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金魚鉢

尼崎市消防局にY30がいることを知ったダンナ、撮影のため出動。

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ダンナのクルマほど古い個体ではないがY30自体が貴重な存在の現在、とりあえず記録しておくことが必要な作業である。

実はこの1台のために尼崎まで行ったのだが、ついでにふと入った小道で。

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ご存じ金魚鉢こと阪神国道線71形、こちら水明公園に保存の71号。色褪せてはいるが台車・床下機器も残り、保存状態は良いというべきだろう。各部に見える曲線が、同じ昭和初期の建築物にも通じる優雅なセンスを感じる。戦前における工業デザインのひとつの頂点を極めた傑作と言える。

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水明公園よりやや東、蓬川公園に鎮座する74号。保存状態は71号と似たり寄ったり。あと79号が某所にあるらしく、国道線の保存車はこの3両のみである。

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71号・74号ともに同じプレートが広告枠に収められていた。

産業遺産としては建築物ほど価値を認められていないが、昭和10年代前半の鉄道車両にはこのようなデザイン的に貴重なものがあり、集会所としてではなく鉄道車両としての保存措置を講じる必要があるのではないだろうか。

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対面

現用ETCをカングーに移植するため、WY30から取り外した一式をルノーのお店に持参したダンナ、通りかかったときに「黄色いのんが2台おるわ。」と思いながら。

いや待て、ひょっとして。

そう、うち1台にダンナの名前が。午前中に回着したそうで、全く偶然にも”対面”してしまったのである。

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手前、フルノーマルのMTがダンナ家の一員となるデカングー。向こうの黄色はATである。ちなみに黄色は全体の3割を占める人気色だそうだが、先代は実に半分が黄色だったそうである。

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図らずもWY30と新旧並べて撮ることに。こう見るとWY30のほうがだいぶ幅広に見えるが、WY30の1695㎜に比較してカングー2は1830㎜で、実は135㎜も広いのだ。

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このダブルバックドアに参ってしまった感はある。現地では郵便車など営業用車はダブルバックドアが多く、自家用は普通のハッチバックが標準と言うが、日本仕様はダブルバックドアのみ。便利なのか不便なのか分からんが、国産車に無いオシャレな感じを演出している。遠くベルギーとの国境近く、フランスのモブージュから横浜を経て神戸にやって来た。

まもなく納車である。

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Y30撮影会

いよいよ引退が迫るダンナ家のY30。今日は記念写真を撮っておこうと出かけた。昨日も出かけたのだが、天気が悪くなって断念したのが本当のところである。

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途中で同型のパトカーに遭遇。先日撮影を断られた個体だ。まあどこで撮ったかは秘密ということで・・・。ベースはバンで、出自は恐らく公用車。元はダンナのクルマと同じ色だったかも。

Wy30f
年末に洗車&ワックス掛けによりキレイにしたので、キレイなうちに撮っておきたい。バンパーのゴム部分はすぐに白くなってしまうので、今回は気合を入れて磨いてみた。今から思えば黒く塗装したほうが良かったのかも知れない。

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リアのメッキバンパーがお好みなのだが、やっぱり430のカッコ良さには及ばない感じがする。なんだかんだ言って8年乗ってしまった・・・。(写真は一部加工しています。)

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TRC運転会

このたび、いつもとは違う運転会にお招きいただき、odori-koさまと一緒に出席した。いや別に名前は出しても良いと思うので。いつもお世話になっているTRC(宝塚レールロードクラブ)の非公開運転会である。HPで紹介するつもりなので、このブログでは簡単にご説明を。

Machikore
こちらNのセクション。製品でかなりが揃えられるが、それを実感的に配置するのは作者の腕による。実はこれには夜のシーンがあり・・・、

Yatai
街灯や家の室内はもちろん、バスやバイクのヘッドライトに至るまで点灯する。赤提灯の灯る屋台にお客の姿が。

Home
駅の照明はもちろん青白い蛍光灯色で。

Kosenkyou
16番の駅に見える跨線橋はプラレール用を加工。ダンナも買ってみて使いたい衝動にかられたが、やはり使えるのか。大幅に手を加えていないところがかえって良い。

Hiroden350_2
トミーテックの広島電鉄350。動力を入れてもここまで腰が低くなるとは・・・。今は線路も出ているし、Nの世界は恵まれている。

Kintetsu8000
マイクロエースの近鉄8000(旧塗装)。ダンナ実は全然模型のほうはノーマークだったのだが、こんな良い顔をしていたのか。マイクロは当たり外れが大きいが、これは「当たり」なんでしょうね~。

HPはこちら→ 宝塚レールロードクラブ 

お招きいただき、ありがとうございました。

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三社参り

あけましておめでとうございます。

昨年は本当に大変な1年だった。地震・津波・原発と、まだまだ苦難が続いている状況ではあるが、ダンナとしては正直まったくコメントとして言及しなかった。何かコトバにしてしまうと思いが伝わらないような、そんな気がしてあえて触れずにいたのかも知れない。そう、もう17年になるのかと思うあの日も近づいてくるし、ここはダンナが神戸の人間だということで察していただければ幸いである。

さて。昨年喪中であったこともあり、初詣は一昨年以来。最近は近所で済ませていたこともあり、神戸ではメジャーと言われる三社参りなど、めちゃくちゃ久しぶりである。

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にも関わらずクルマで出かける非常識者・・・。西代駅のやや東に駐車場を見つける。歩いていると、ふとかつての通学路を見てみたくなった。だいぶ変わっているところ、全然変わっていないところ・・・。ダンナ母校はとうの昔に建て替えられ、すでに全く知らない学校である。せっかく来たのでコッコ共を撮る。ま、ここに来たければせいぜい勉強したまへ。まあ結果ダンナのようになってしまっても責任は取りかねるが・・・。

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まずは長田神社へ。祭神は事代主(コトシロヌシ)。神功皇后三韓征伐の話から始まる古社。生田・廣田とセットなので、実は三社とは長田・生田・廣田ではないかとも思うが、廣田は西宮なので外れているのだろうか?そもそも、初詣はどこかの電鉄会社が仕組んだ歴史の新しい風習だとも言うし。

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長田神社は三社では最も参拝客が少なく、境内は何となくのんびりした雰囲気。舗装されていない地面と写真のように配置された屋台が、都心の神社とは異なるローカルな雰囲気を醸し出す。ダンナこういうの大好き。

屋台で串焼きを買い、「ういろや」でういろうを買い、高校時代感動した「いちご大福」を当時の店で買って食べたり、とまあ、それこそがささやかな楽しみ。

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クルマを西代まで取りに行くのが面倒になって、電車で湊川神社へ。さすがに人が多い。三社のうちここだけが非常に新しい神社で、祭神はご存じ楠木正成。「楠公さん」と呼ばれ親しまれている。菊水の印は神戸市バスの塗装にもモチーフとして使用されている。

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さらに電車で三宮へ。最後は生田神社。祭神は稚日女尊(ワカヒルメノミコト)。アマテラスの小っちゃいやつと思えば間違いない。三宮にあるだけに人はさらに増え賑やかである。

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いくら寄進すれば名前を書いていただけるのか知らないが。モザイクにしているのは、まあご察しください。

次は厄払いやね。

Ikuta2_2

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