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寒の戻りに阪和線の103を追う。

阪和線の103系と言えば若番車が有名であった。いつまでも走っているような錯覚にとらわれるが、しかし気がつくとクハ103-1も-2もいなくなり、じわじわと「近代化」が進んでいるようである。次に気がついたら葬式厨わんさかの大混乱状態になっているとも限らない。後悔先に立たず。今のうちに真面目に撮ろう。

というわけで、花粉症で外出したくないおかみに代わってコッコ共を引き連れ、やって来たのは天王寺駅。終端構造のホームは昔と変わらず懐かしい昭和の雰囲気を醸し出す。電車だってダンナ小学校の頃と同じスカイブルーの103系が出入りしているのだが・・・。

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先頭に立つのはクモハ103-2505。モハ103を先頭車化改造したものだが、どうせ新製先頭部を付けるのなら高運転台にしたらアリイのプラモデルみたいになったのに、と当時思った諸兄、そう、その感覚、正常です。

特に103が消えるようなアナウンスはなされていないが、天王寺駅で撮影していると、同業数名現る。お互い譲り合いながら撮る。今日のみなさんはマナーが良くてよろしい。

さてさて、この103系に乗って撮影できそうな場所を車窓より探す。地上に降りて最初の駅、杉本町が撮りやすそうだと下車。

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300㎜で引っ張れば順光でこんな写真が撮れました。223系2500番台。

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225系・・・。いくらでも列車が来るので本命までにいくらでもテストが出来る。

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やって来ました103系。初期型クハ103-166を先頭にした4両編成。今や低運転台の103系なんぞ”生きた化石”の部類ではある。

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103系同士が行き交う、こんな写真が撮れるのも阪和線ならでは。

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子供の頃「東京の顔」だった憧れの高運転台車。関西では阪和線と大阪環状線、福知山線にあったが、ダンナ沿線の京阪神緩行線に馴染みはない(※JR化後の配置はある)。この写真の車両はN40体質改善車。

と、喜んで103を撮りまくっていると、自転車で通りかかったおじさん。ダンナと同年代か少し上くらい。
「何撮ってるんですか~?381系ですか~?」
”テツ”の方である。
「いや~、103系を撮りに来たんです。」と答えるダンナ。
しばらくお話ししたが、普通の常識ある愛好家とお見受けする。縁があれば、そのうちどこかで再び会うこともあろう。このブログに訪れていただければコメントをよろしくお願いしたい。

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いや、別に狙って来たのではないが、撮る。381系「くろしお」。

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来るものなら何でも撮る。281系「はるか」。

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移動しようと駅に入ると、また初期型がやって来た。

お腹いっぱい。

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コメント

阪和線、私も大回り乗車でよく乗ります。

>この写真の車両はN40体質改善車。
正確には40N体質改善です。

N40更新車は窓枠黒サッシ化された編成であり、外観上の大きな違いはあまり無いようです。

投稿: ek | 2013年3月 4日 (月) 07時42分

こんばんは。

杉本町は仕事で先日あの付近をうろうろしたばかりです。隣の我孫子町駅は高架になって初めて行ったのですが、あんな駅周辺だったかなと驚きました。

環状線でも103系が減った気がする近時、阪和は103系とよく遭遇するなと思っていたところです。

詳しい形式等は存じませんが、他に103系が残る路線といえば大阪だと大阪ひがし線ですね。一時は201系しかなくなったかという感じでしたが、また最近103系の遭遇率が高くなった気がします。

投稿: 西日本総合開発 | 2013年3月 5日 (火) 01時50分

>ekさま
N40と40Nは違う、調べてみて気付きました。なるほど~。本来内部呼称であるはずの工事名が結構表に出ていますね。まあ隠すようなことではないですが。

投稿: いぶきダンナ | 2013年3月 7日 (木) 07時36分

>西日本総合開発さま
阪和はもっと古い103が多数いたように思いますが、大阪環状線などに201系が入って押し出された比較的新しい103系に置き換えられているようですね。快速は223系や225系に替わっていますし。

投稿: いぶきダンナ | 2013年3月 7日 (木) 07時39分

この話題、やはりコメントさせて下さい~。やっぱりグロベンを乗せた103が好きです。先日大阪駅で環状ホームにグロベン乗せたウグイス色の103がやってきて思わず番号をチェックしました。クハの180と181のペアでした。最初のユニット窓、ブタ鼻ヘッドライトの車で緩行線時代に思い出がある車でした。スカイブルー高窓車、川重の試運転車が山陽本線を走っているのを偶然みて格好良かったのを覚えています。晩年、明石区にも高窓車の配属が出ましたが、一時的だったようですぐ消えましたね。あの顔で「西明石」行きは違和感タップリでした。阪和・関西線方面、久しぶりに訪れたくなりましたよ。長文すみません。

投稿: 播磨観光タクシー | 2013年3月 8日 (金) 18時38分

103は国電標準車として20年も製造された記録ものですね。

子供の頃は、茶色の70国電に混じって当たれば嬉しい存在でした。
あれほど大量にいたのに気が付けば消える寸前となってしまい、
無くなると聞くと愛おしく思えたりして。

強い印象が残っているのが、阪和線で和歌山から天王寺まで
103新快速に乗った時でしょうか。
そのワイルドな走りっぷりは、超えるものがありません。

投稿: アルプス銀水タクシー | 2013年3月 9日 (土) 14時26分

>播磨観光タクシーさま
はは、やはり釣られましたね!クハの180~181はまだ関西にいるんですね。安心しました。ということは明石から奈良に移ってそのままなんですね。中国地方に流出したものが先に廃車されたりしていますので・・・。
やっぱり緩行線で高運車って違和感たっぷりですよね~。そりゃ2052とかも同じですが・・・。

投稿: いぶきダンナ | 2013年3月10日 (日) 08時39分

>アルプス銀水タクシーさま
そうですね。阪和線の場合快速で走っていた頃に撮りに行くべきだったと反省しています。113も撮っておけば良かった・・・。103快速、和歌山まで乗ったことはあるのですが、印象の記憶は遠い過去へと・・・。

でも、今でも走っていることに感謝して、真面目に通おうと思っています。

投稿: いぶきダンナ | 2013年3月10日 (日) 08時43分

天鉄時代の乙種臨時雇用員で、客扱いや列車扱いもしましたので103系電車の車体自体も良く触りました。天ヒネに高運転台車が三編成だけいたのと、東海道緩行や環状にはいなかったクモハ103が珍しかったのですが、現場にいた当時は103なんてなんの興味もありませんでした。

長居駅で深夜の列車扱いの当番だと、ちょうど「はやたま」の通過を見送ります。天王寺の高架下り勾配でスピードがのったEF58がものすごい勢いで通過してゆき真冬はSGの湯気がしばらく残っていた情景が阪和線の思い出です。

投稿: 阪鉄車輌 | 2017年3月 3日 (金) 14時34分

阪鉄車輌さま
こちらでは初めまして!私は長らく阪和線は近いのにノーマークでして、ようやく103を撮りに行き始めたばかりです。「はやたま」EF58、SG・・・。そういう時代に生まれなかったこと、少々残念ではあります。

またよろしくお願いします!

投稿: いぶきダンナ | 2017年3月 8日 (水) 10時41分

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