« ちょっとついでに南海電車を撮る。 | トップページ | 早春の関西線でうぐいす色の通勤車を撮る。 »

さよならテレビカー

「京阪13000系が見たい」コッコ1号のリクエストに応えるため、天下茶屋駅から堺筋線乗り入れの阪急5300系に乗ったダンナ一行、そのまま北浜で京阪に乗り換えるつもりだったが、長堀橋で長堀鶴見緑地線に乗換え京橋に出る。

地上に出ると、思いっ切り地理不案内。「京阪電車」と書かれた出口から外へ出たが、

「ここどこ~?」

見回すが、駅らしきものがない。ちょっと焦る。ただ、表に200系ハイエース救急車が止まっていたので、とりあえず撮ろう。後期型やし。

030317

いや、こんなことをしている場合ではない。京阪京橋駅がどこか探さねば。
と、思うのだが街角から同じく200系ハイエースの宅急便カラーが・・・。

「撮らねば」

こっちも後期型やし。

030318

いやいや、とにかくこんなことをしている場合ではない!
ふと見ると、宅急便ハイエースが向かう道の先に京阪京橋駅”のような建造物”が見えた。それにしても不親切。後で地図を見たら位置関係が分かったが、というか携帯のナビ機能を使えば良かったようなものだが・・・。ハイエース撮れたのは良かったのだけど。

030319

ようやく京阪京橋駅に到着すると、都島消防署が「春の火災予防運動」を実施中。ガキ2匹を連れ歩くダンナ、格好の餌食とされてしまう。記念撮影。

この時点でコッコ2号♀が「眠たい」と言い始めたので、ここいらで今日の行動を止めようと考えたが、まあホームに上がってから考えようと改札を入る。「喉渇いた」という2人にベンチでジュースを飲ませながら電車を眺めていると・・・。

よりにもよってやって来たのが旧3000系、現在の8030系である。ダンナ、別に京阪HPで調べたわけではないので全くノーマーク。(実は来週行こうと思っていた・・・。)

これ、乗るしかないでしょう。

030320_4
旧3000系車内。現在唯一の「テレビカー」である。

コッコ共の「どこまで乗るの~?」の問いに「テキトー」と答えていたダンナなのだが、車窓を眺めると複々線区間のホーム端は大抵三脚軍団がいることが分かった。本当は門真あたりでモノレールに乗り換えて阪急乗って帰ろうと思っていたのが、特急に乗ってしまったので今度は電車の撮影場所を探すハメに・・・。地下区間で顔だけ撮っても捻りがなさすぎるし、13000系狙いということもあって中書島で下車。

030321
日曜日とあって車内外ともマニアでいっぱい。もっとも通常営業は3月10日までなので、週末はあと1回。止むを得まい。

030322
中書島駅上り方カーブはダンナ以前から「撮れるだろう」と踏んでいたが、まずまずこんな写真が撮れる。ちなみに16:20現在ではダンナ一人。来る電車で捨てコマを使い調整・・・。

030323
その合間に宇治線で使用される13000系をじっくり撮影。

待つこと40分。そもそもダンナ一人でいたホーム端は旧3000系が来る15~20分前に同業者がポツポツ現れ始めた。杉本町と違って中書島は寒い。やはり京都の名が付くところは寒いのだろうか・・・。もうコッコ共は運転保安上危険な行為さえしなければ、放し飼いにしておくしかない。こちらは場所を確保しておくしかない。

030324
ようやくやって来た旧3000系。「3006」とあるが本当の番号は「8081」で、車体の左隅に小さく書いてある。もっともこの電車を8030系なんだと思う人間がどのくらいいるのか。誰がどう見ても3000系ではないか。

030325
去りゆく3000系を後追いで。この原型鳩マークと2階建て車の組み合わせは、実は3000系時代にもないのだが、それはもういい。

また一つ、ダンナの親しんだ車両が消えてゆく。

|

« ちょっとついでに南海電車を撮る。 | トップページ | 早春の関西線でうぐいす色の通勤車を撮る。 »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

趣味」カテゴリの記事

コメント

テレビカーの始まりは確か1700系?では?
珍しくて乗りに行ったものでしたが、全国に京阪の
テレビカーが有名になりました。
もう終わりになるのですね。
海の方では山陽電鉄傍系だった昭和汽船の『姫高丸』
のテレビでしょうか?関西汽船所属になってから
乗りましたが。

投稿: 830 | 2013年3月 7日 (木) 11時13分

>830さま
日本最初のテレビカーは京成開運号の1600系だったと記憶しています。京阪は1800系か1810系か高性能車になってからだったかと。時代の流れとは言え寂しいものですね。

投稿: いぶきダンナ | 2013年3月 7日 (木) 23時11分

ゴールデンのバラエティ番組のような展開でしたね。

京阪テレビカーも京都からの帰りによく乗りました。

大阪側のターミナルからしてビジネス客がどちらかと多く、
阪急は観光が多い傾向があるようでした。

京阪三条が地上時代の話ですが・・・。
川のせせらぎを聞きながら、発車待ち。
大伴英嗣さんの車内放送が「発車は○時○分です」と
時刻までテープ音源に入っていたのに「ほう」と関心し、
ゆったりと鴨川沿いを走る風景や、紅カラ格子も見える
墨染・伏見稲荷の旧街道沿いをかすめていくのを楽しんだものです。

又ひとつ昭和が消えていきます。

投稿: アルプス銀水タクシー | 2013年3月 9日 (土) 13時28分

>アルプス観光タクシーさま
はい、3回に分けてお送りしました(笑)。
京阪電車が鴨川べりを走る風景が消えると鉄道雑誌に載っていた頃は、見に行きたくても行けない状況ではありました。三条での京津線乗り継ぎ、80系も懐かしい思い出です。1990年、予備校を抜け出して八幡市~淀間で京阪電車を撮りましたが、3000系や1900系がたくさん写っていて、よくまあ撮っていたものだと思います。

投稿: いぶきダンナ | 2013年3月10日 (日) 08時48分

宇治線と言えば、2600系が復活運転していますね。

投稿: ek | 2013年3月26日 (火) 17時29分

>ekさま
2600系もいい顔してますね。これぞ「京阪」って感じの。京阪は10年ごとくらいに撮りに行っていまして、2600はわりと押さえています。復活運転をどの程度評価するべきかな~、と。自分自身の中で・・・。

投稿: いぶきダンナ | 2013年3月27日 (水) 22時22分

こんばんは。

これまた私の地元という事もあり、何で京橋の乗換えで迷ったのかな、またJRとの連絡側で消防イベントと遭遇なのかなと暫く思案していたのですが、コムズガーデンのほうから地上へ上がってしまったのですね。あそこから地上へ出ると周囲は雑居ビルばかりで、土地勘がないと位置関係が掴みにくいでしょう。

地下鉄京橋だと改札を出てそのフロアのままOBP方向の案内に従って進むと、京阪京橋の西側改札へ出られます。

ちなみに都島消防署の軽トラですが、ちょっと前まではもっと古い確か7代目ハイゼットでした。新車に変わったみたいですね。

投稿: 西日本総合開発 | 2013年3月31日 (日) 02時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/5342/50415539

この記事へのトラックバック一覧です: さよならテレビカー:

« ちょっとついでに南海電車を撮る。 | トップページ | 早春の関西線でうぐいす色の通勤車を撮る。 »