« 2013年9月 | トップページ | 2014年1月 »

伊賀鉄道

昨年2度も訪れた伊賀の地だが、まさか今年も来るとは思わなかった。近鉄18400系を撮って、まあ満足というか「もうええやろ」な気分になり、伊賀神戸から伊賀鉄道に乗る。T氏オススメは猪田道というところだそうな。

Dsc_0683_1
こんな所。

車両は現在元東急1000系に統一されている。まさか車齢10年そこそこのVVVF車が元近鉄支線に売り飛ばされてくるとは、思いもしなかったのだが。路盤が悪いのか乗っているとローカル線そのものの揺れ方をする。

Dsc_0685_1
電車を待っていると、同業者が現れた。近所のおっちゃんも声をかけてくる。のどかな秋の一日である。ちょっと良い雰囲気の鳥居と社叢をバックに、パチリ。まあ、こんなもんでしょう。

Dsc_0686_1
せっかく背景に使わせていただいたのだが、一礼を忘れた。まったく無礼なダンナである。依名古(えなこ)神社。祭神は阿遅鋤高日子根(アジスキタカヒコネ)神らしいぞ。鴨氏の神だと言うぞ。

Dsc_0689_1
すぐ近所に火の見櫓があった。T氏、早速撮影。あれ、火の見も撮っているのか。時折、細くて優美な曲線で構成された惚れ惚れするような火の見をみることもあるが・・・。ダンナもそういうの撮っていたりする。

そう言えば昨年、近所の伊賀上野市内で見かけた火の見。

Dsc_0834_1
街中に建っているのを見付けた。広告が付いているのが面白い。(撮影:2012.4.1)

Dsc_0691_1
猪田道駅前に建っていた農業倉庫。蔵のようなデザイン。鉄道模型のストラクチャーのようだ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

近鉄18400系さよなら運転

近鉄18400系引退に際して「さよなら運転」企画が毎週実施されている。いや毎週やるとは近鉄さんも商魂たくましいというべきだが、そもそも
「18400系ってそんな名車だったか?」
という素朴かつ的確な疑問も抱きつつ重鎮T氏と出かける。要するに「撮り鉄」しに行くための名目に過ぎないイベントと言える。

まず、長谷寺駅で下車。大阪寄りへ歩くが日陰が多すぎる。今日走る6連分の日なたがない。やめやめ~。

と次に赤目口へ。

Dsc_0640_1
駅前に三重交通。ここはすでに三重県だ。それにしてもこのキュービック、U-車である。生きて走っているU-を見たのは全但バス以来か。

駅の大阪寄りはいわゆる「お立ち台」。車窓からも多くの同業者を認めたので、ひとつ宇治山田寄りに行ってみようと。

だがしかし
「顔が陰になるんとちゃうの。」
やはりお立ち台側なのか?

Dsc_0641_1
駅すぐ大阪側の踏切から試し撮り。伊勢志摩ライナーが来た。ここ、ずっと直線なんですけど。日が陰っているから撮れたけど、やっぱり顔が逆光ちゃうの。

Dsc_0647_1
で、お立ち台はここ。線路が東西に走っているから午前順光のはずが、10時30分現在これ。後から地図を見ると、この区間は南西から北東に線路が敷かれていた。これからは方位磁石持参か?顔が陰になるにもかかわらず、有名撮影地とあってか続々と同業者が集まる中、名誉ある撤退。

その後、伊勢方面へ向かう電車に乗って車窓と太陽光線をにらめっこ。電車は右へ左へと曲がるが概ね北東方向に向かう。

Dsc_0654_1
結局・・・、伊賀神戸駅のホームで時間切れ。支持物の陰が入ったが、ホーム上で先に来ている同業者に邪魔にならない場所がここしかなかったのだ。大阪方面から来た電車はこの駅の手前で右カーブして東に向かい順光になるため、ホーム西端には同業者がたくさん。また東側の踏切にも黒山の人だかり。なるほど、あそこもか~。

ちなみにこの3色編成、18400系は先頭2両だけ。というか2両しか残っていない。(ダンナ的には「まだおったんか」と先日五位堂で思ったくらいなのだが。)要するに力の入り方はその程度。

とりあえずあまり良い場所で撮れなかったので、今度は美旗に移動。

Dsc_0662_1
美旗駅東方で。青山町から折り返し名張へ向かうイベント列車を順光で撮る。だが、目当ての18400系は後部2両のみ。とにかく太陽光に泣かされる日だ。

Dsc_0663_1
もう少し東に行くと背景がすっきりした場所へ。手前の白い箱?が邪魔だが、こう撮れる。もちろん後追い。それにしても昔は迎え撃ちでも後追いでも何でも撮ったものだが、最近後追いは「ダメ」みたいな風潮があるみたい。別に構わないと思うが。撮るのは後追いのほうが実際難しいし。

それにしても今日はよく見るな、伊勢志摩ライナー。

Dsc_0671_1
今度は名張から青山町へ向かう同列車を後追いで。白い箱を画面から出そうとしているうちに構図が狂う。やれやれ・・・。

Dsc_0669_1
迎え撃つ場合は縦位置やな、ここは。2430系急行。

今日は近鉄終わり。伊賀鉄道撮りに行こう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

某所運転会2013秋

予告通り某所で運転会が開かれた。現地到着時にはわりと閑散としていたのだが、だんだんと参加者が増え大盛況。それにしても怪しいオッサンばかりである。

Img_0412_1
今日は客車の割合が高いかな?ダンナも珍しくKATOのDD51+12系を持ってきたが、会社の先輩がEF58+12系を持ってきて、あと1本誰かが持っていて偶然にも12系祭り。

Img_0456_1
ヘボ職人氏の山鹿温泉鉄道キハ101。ダンナ白黒写真でしか見たことない。色合いはともかく上半分が青いとは知らなかった。

Img_0418_1
今回、会場の表でも店を広げ始めたオッサンたち。もう止められん。

Img_0424_1
少々時代が合わないが、かつての神戸高速線内を再現。自然光が良い雰囲気。中央の阪急3000系は震災で傷んでしまった模型だが、側窓の開閉が可能。「ブラインドは?」の問いに「震災までは上がりよったんや。」ご冗談を・・・。

Img_0450_1
鉄コレ改。阪神7801形と5261形。共に非冷房原型時代。あっさりと美しく出来ているので、一瞬軽く手を加えただけのように見えるが(もちろん、知っていれば見えないが)、実は相当の手間モノ。「ここで外した屋根を、こっちに」あ、なるほど。そりゃまあ、そうですが。

Img_0447_1
阪急5408。5409と共に実物は運転台がユニット方式になっていて外すことができる(という触れ込みの)車両。模型でも着脱できるよう再現したもの。実車はどう外すことが出来たのか、そもそも外したことがあるのか、いや台枠は前まで一体だったに違いない、と議論が弾む。ちなみに実物、今も走っているが完全に固定され継ぎ目は無くなっている。ダンナ浪人しているときに阪急で予備校に通っていたが、そのときはまだ継ぎ目があった。1編成に2両とも入っていて、バリエーションが少ない5300系一族のマスコット的存在であった。

Img_0460_1
ちなみにこの作品、「とれいん」誌1984年9月号掲載(上写真)。当時「すごい!」と素直に感動した記事である。何が書いてあったか言い回しまで覚えていたり。実際に模型を初めてみたのが何年か前の阪急百貨店の模型フェス。手に取ったのは初めて。その上作者に頼んで運転台を外してもらったりして、でもその間29年の経過にある種の感慨を覚える。

そういやここで開かれているこの運転会にしたって、ダンナ22年くらい参加しているもんな~。出会った多くの方々が公私ともにお世話になっていることは言うまでもない。趣味の世界の楽しさを本当に感じる時間である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

播磨町で運転会

社員有志の運転会に参加した。先週のフェスティバルに続き2週連続である。1週空けて再来週にも某所で予定されているので、結構忙しい。ダンナ滅多に模型は買わないし(作るから)、かと言って新作が何もないので、20年以上前の古い模型を持ち出すしかない。

01
こちらNゲージ会場。自宅ではここまで広々とした場所で走らせられないので、皆で持ち寄りこうやって場所を借りて遊ぶのが正しい。最近私鉄車両も完成品の製品化に恵まれ、いろんな車両が走り回っている。

02
HOゲージ会場。さすがに敷地がNゲージの4倍必要なため線路を引き回すわけにはいかないが、走行音など迫力は勝る。ダンナ、いつもの自作山陽電車で参戦。

03
ダンナ、Nゲージ会場で。持っていたのだが箱から出したことのなかった700系(JR東海)を初めて16両フル編成で走らせてみた。長い高架直線コースを高速で走らせられるのは広い会場ならでは。JR西日本仕様のも欲しいかも。

04
懐かしい製品も。一番右の113系はトミックス製。随分古い時代のもの。当時湘南色の1000番台は無かったが、のち実物に出現したときは驚いたもの。現在の製品レベルから見ればオモチャみたいな感じだが、子供の粗雑な扱いに耐える点で優秀と言えるのでは。40代以上の方ならばKATOの103系やキハ20とともに、一度は手にしたことのある車両なのではなかろうか。ブラウン道床のユニトラックも味がある。

最近の製品動向はもうダンナには分からないが、同年代の方はそれなりに持っているものも似ていて、懐かしい気持ちにも浸らせていただいた。次は学研の新幹線でも持って来ようか・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山陽 鉄道フェスティバル2013

年を食ったせいもあるが、ますます早く日々が過ぎ去っていくように感じる今日この頃。「山陽 鉄道フェスティバル」がまたやって来た。この1年、全く何もしていなかったわけではない。ビル2棟、戸建て住宅1戸を建設し、最初何も無かった線路の周りはそれなりに開発が進んでいる。ただ、これがエスカレートすると肝心の車両が埋もれてしまうのも事実。公開運転会であることを常に考慮しなければならない。

01
odori-koさま製作の山陽バス、住宅と合わせて展示。リアルにしようと思えば出来るが、車両が食われてしまう。本当は見る側の子供の身長を考え、線路の向こう側に配置すべきであるが、線路内側は車両展示スペースに埋め尽くされ、用地が無いのだ。

さて、それに加え、ダンナとしては常々考えていたことを行動に移してみた。

05
複線用レール台。厚さ5mm。曲線部はカント付き。道床付き線路は車両の走行や来客による振動などで複線間隔が狂い、すれ違いざまに衝突事故が発生したりするので、あらかじめ台を作って隣同士の線路が近づかないようにするのは意味がある。カントはまあ、カーブ部分だから「ついでに」考えていたのが、こっちがメインになってしまうわけで・・・。

Img_2417_1
当日の様子。そもそもこの発想は架線柱にある。最初の頃、架線柱は建てていなかったが、ある年に建ててみたところ「架線柱の台座までが鉄道用地」のように見え、スケール感が増した。この効果に満足して年々架線柱の数や種類を増やしていったのだが、今回はこの「鉄道用地」を明確にして、組立て式レイアウトながら「ちょっとはリアルに見せる」ことをより強く打ち出したものである。

ただ・・・、カントはオーバーに作ったこともあるが、スムーズに通る車両については素晴らしい効果を発揮したものの、脱線事故が続出して今後に課題を残した。前日試運転で快調に通過した車両まで当日具合を悪くしたのには参った。

分かったこととして
1.ACEカプラーは捻れに弱い。
2.ウエイトが足りない車両は脱線しやすい。
結論として「輪重抜け」が起こったか、と。補重とともに台車センターピンのバネを短縮することで解消できるとのことだったが、さすがに他所からの借用車両を加工するわけにはいかないため、今回カント通過不能車の運転は見送った。

次回の課題としては、カントにアプローチする部分を製作すべきなのだろうと思う。この点、さすがKATOである。

06
アングル柱、コン柱、かご柱と、各種架線柱が揃う。コン柱は今回KATOの新製品を加え2種となり、計4種が線路を彩った。たかが架線柱、されど架線柱なのである。

今年の新車から

04
山陽車の増備続く。クモワ10+クト60の救援車編成。クモワは側引戸が開閉可能で、クレーンのアームが出てくるギミック付き。

08
2300系の2編成目は旧塗装・非冷房時代(3427Dさま)。照明付きの全自作品。
(この写真は別会場で撮影したものです。)

07
こうなると阪急救援車4050も。車両から電源を引いた点灯式のスポットライトが・・・。やはり事業用車はギミックで勝負か!?
(この写真は別会場で撮影したものです。)

02
播磨観光タクシーさまによる阪神2000系も今回の新作。ペーパー車両らしい、どこか懐かしい仕上がりであるが、屋上機器は抜かりなく再現されている。

03
akaneko氏による近鉄車両群。今回新作は「楽」。「しまかぜ」となんば線乗入れ車以外は前年とは違う車両が出場している。写真の12400系、5200系ももちろん山陽鉄道フェスティバルには初登場である。

というわけで、鉄道模型以外のコーナーには全く行けず。まあ何か去年より忙しかったこともあるが・・・。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2013年9月 | トップページ | 2014年1月 »