2009年12月13日 (日)

大川自動車 三菱ふそうK-MS613N

先日、香川入りしたときの廃車体撮影分のうち、
未紹介のものを。

774f2
三菱ふそうK-MS613N(三菱名古屋)1981年式
(元・香22か774)

大川バス本社で。最終的にはワンマン化されて
路線車になっていたもの。いわゆるMS顔という
やつで、パノラマデッカーの印象が強いが、この
平ボディもスマートでカッコ良かった。
ちなみにこの手では最後まで残ったものという。
2002年に廃車後、ここに放置されたまま・・・。

この車両については現役時代も撮っているので。

774f
大川自動車 香22か774「金もくせい」

現役車ではもう見ることのできない旧塗装や
側面の切り抜き文字に良き時代を感じる。

775r
こちら僚車の香22か775「銀もくせい」。

この775は廃車となったあと、長期間放置され、
そののち路線車転用のため改造を受けたよう
だが現役復帰せず、そのまま解体されたとか。
(「頑張れ!大川バス」による)

写真下2枚はいずれも1992年、貸切車として一線
で活躍していた頃の姿である。香川ではコトデン
にも同型車があったが、コトデンは呉羽であり、
純正車体の大川のほうがダンナ好みであった。

B35呉羽って三菱と同一のはずなのに、どうして
な~んとなくブッサイクに見えるんだろうか・・・?

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年10月16日 (金)

「スケルトン」と「ブルーリボン」(2)

前回載せた写真のうち、琴参のスケルトンについて
ヘッドライトがオリジナルではないとのことなので、
オリジナルのほうの写真を。いずれもダンナは旧塗装
時代の写真は持ち合わせていない。

499f
琴平参宮電鉄499 香22か694
日野K-RS360P 1981年式
(1992.3.12 本社)

せっかくなのでRSの特徴の一つであった両開き
スイングドアの開いている状態の写真を・・・。

152f
コトデンバス 香川22き152
日野K-RS340P 1981年式
(1992.3.9 北浜町)

ついでにリア部。

500r
琴平参宮電鉄500 香22か695
日野K-RS360P 1981年式
(1992.3.12 本社)

818r
神戸市交通局818 神戸22か32-02
日野P-HT223AA 1985年式
(1990.3.29 西神中央駅)

参考までに同形車体のブルーリボン初期型乗合車
の写真を出してみた。プレスが同じことがよく分かる。
ある意味、何か一つでも図面があれば全部ペーパー
クラフト化できることにもなる。理屈の上では。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009年10月15日 (木)

「スケルトン」と「ブルーリボン」

先日、日野RC320Pのところで議論になってしまった
「スケルトン」と「ブルーリボン」の関係。詳しくは他サイト
に載っているので割愛するが、うまく過渡期の写真は
無いかと捜したところ、いやはや簡単に見つかった。
も~ちろん、「ブルーリボン」がセンタアンダのBTだ!
という意見があることは承知しているが、まあ今回は
対象をスケルトン以後とするのでご容赦願いたい。

514
琴平参宮電鉄514 香22か752
日野K-RS360P 1981年式
(1992.3.12 本社)

803f
大川自動車 香22か803
日野P-RU638AA 1983年式
(1991.11.18 本社)

上写真がRSシリーズで、その名も「スケルトン」。
前面に「HINO Skeleton」のエンブレムがある。
下写真は初期のRUでこちらは「ブルーリボン」。
車名エンブレムが斜めに付いているのが判る。

要するに同じボディである。

エアロ登場後陳腐化した三菱「フルデッカーⅡ」
に比べ古く見えない(当時は)デザインであった
ことから、中古市場では人気があったらしい。
ちなみに後面プレスは乗合と同一である。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年8月 9日 (日)

テンダー

ダンナ、SL(蒸気機関車)を追いかけた世代ではなく、
またSLの活躍する時代も知らない。

当然のことだが、世間も同じようにSLに対する記憶や
思いが薄れているのは無理もないことである。

例えば、京都にある梅小路蒸気機関車館のパンフレット。
現在配布されているバージョン(のはず)である。
まあ、見てください。

D51_1

C51_2

次いで、昭和45年9月発行「蒸気と共に一世紀」
から。(国鉄鷹取工場発行)
D51_2

C51_1

両方とも公式刊行物であって、マニア編集では
ない。ここでは、D51とC51のページを例として
挙げたのだが、(片方ナメクジやないかい、とは
言わないように。)

何が違うと思いますか?

実は、現在の梅小路蒸気機関車館のパンフレット
は機関車本体を大きく掲載するために、テンダー
を切り落としているのである。これに対し「蒸気と
共に一世紀」では、止むを得ない場合を除き
故意にテンダーを切り落とした写真はない。

これは何故か?

思うに、「蒸気と共に・・・」は、その題名の通り、
SL全盛期を知り、SLと共に生きてきた国鉄マンに
よって編集されており、彼らが意識したかどうかは
ともかく、テンダー部分も当然機関車本体であって、
画面から切るという発想そのものが無かったのでは
ないか。
対して、梅小路のほうはパンフレット(そのものは
業者がデザインするとしても)を作った世代はすでに
SL活躍時代とは遠く、テンダーを切ることの違和感
を感じなかったのではなかろうか。

みなさんは、この「違和感」分かりますか?


| | コメント (18) | トラックバック (0)

2009年7月 7日 (火)

阪堺電気軌道 モ501・モ161 

先日乗りに行って撮影した車両から。

501_2
阪堺電気軌道 モ501形 501号 
(2009.7.4 あびこ道)

1957(昭和32)年に帝車で製造された車両。
カルダン駆動、空気バネ台車のいわゆる和製
PCCカーで、大阪市電3001形と同系デザイン
ながら側窓は当時の南海車両と同じ下降窓を
採用している。戦後日本の路面電車を代表する
高性能車両の一つ。
比較的登場時のままの性能、デザインを残し
同じ路線で活躍する車両としては唯一の存在。

ついでに、2年前に撮影した写真から

167
阪堺電気軌道 モ161形 167号
(2007.1.28 住吉鳥居前)

1928(昭和3)年から製造された車両。ダンナ的
にはモ205形とともに阪堺と言えば一連のこの
スタイルの車両を思い出すが、現在はモ161形の
10両を残すのみ。とは言え、定期運用される電車
としては我が国現役最古という。

161
なぜか香川県丸亀市内にあるモ161形175号。
モ151形からの編入車で1927(昭和2)年製。
ここに掲載したことに特に意味は無いが・・・。

我が国唯一と我が国最古。
大阪唯一の路面電車にある2つの財産である。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年5月 2日 (土)

山陽電鉄 日産ディーゼルPKG-RA274KAN

歯医者の帰り、山陽バス車庫の前を通りかかったら
最近話題のUD車が撮りやすい場所に止まっていた
ので、早速許可を得て撮影。

Nsk01
3両導入のうち、垂水線対応(ライタグ付)の3957。
Nsk02
灯火規制で変な場所に付いているテールランプ。
もう慣れましたが・・・。

Nsk03_2
バスのテールランプはこうあるべきか、と。
これは58MCだが、基本的には今回山陽に入った
96MCと同じ車体である。まさか30年間作り続ける
つもりか・・・?新しいエアロバスも顔と尻が大幅
に変わったのでダマされそうだが、腹の部分は
どうも同じみたいだし。

それにしても、メーカー再編や標準仕様の浸透で
どこの会社も同じような車両を入れるので、もはや
「色違い」の範疇とも言える。富士重が止めてしま
ってから関東でも西工が繁茂し、ますます個性が
失われていく状況は全国同じで寂しいもの。

ともあれ、黄色の西工は新鮮で目新しい。
末永い活躍を。

| | コメント (15) | トラックバック (0)

2008年9月 4日 (木)

神戸市交通局 いすゞK-CLM470

「日高見製作所 資料室」に出ていた
K-CJM470の廃車体。

このモデルとしては最後期にあたるもので
ダンナ的には大きな戸袋窓に”新しい”感じが
するのだが、すでに腐食が進んだ「廃車体」に
なんとも言えない感慨がある。

そこで、ダンナの写真から。彼らの現役バリバリ
の頃の姿を。

356_1

356_2
神戸市交通局 356
いすゞK-CLM470 1980年式

いずれも妙法寺駅前。局番の小さい前部の写真は
登場時のもの。1984年撮影。
後部は更新後の写真で、局番が大きくなり所属車庫
「落合」の「落」が丸囲みで入るようになった。1986年
ごろの撮影。

BUの後継車として登場したCJM系ではあるが、
予燃焼式エンジンのCLM系が並存していた。
1980年、神戸市に入った8両は使用比較のためか
CLMとCJMが4両ずつであった。内訳は

351~353 K-CJM470 前後扉・標準床
354~357 K-CLM470 前後扉・低床
358     K-CJM470 前中扉ワンツーマン・標準床

である。

最初期導入グループであり、前面にはリベット、
後部エンジン扉の配置、ナンバープレート支持部が
中期・後期のものと異なる。

ちなみに前部の写真撮影時は神戸市ではキュービック
登場前年で、ようやくBU05が全廃され最初のBU04が
消えた年にあたる。

隔世の感がある。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008年7月12日 (土)

山陽電気鉄道 3619号車

ネタが無いので、手持ちの写真を。
形式写真シリーズが続いて最近”マニアブログ”化
しているのが少々気にかかるのだが・・・。

先日、岡山駅での115系を出したときに、
同じ運転台構造の車両が近所にたくさん走っている
ことを(わざとらしいが)思い出した。

山陽3000系である。

3619
山陽電鉄3619(2006.12.5 東二見)

昭和39年に登場し、21年間製作された山陽電鉄の
主力車両。すでに優等列車では他社では急行格の
「S特急」に運用されるのみで、基本的に普通列車
に使用されている。アルミ車体だのリフレッシュ車だの
グループは多彩。現在133両が在籍する。

さて、今回紹介するのは変り種として知られる3619号。
当時、3000系4連に増結する2両として構想された
アルミ車3100-3101に、増結本格運用開始までの間
パートナーとして選ばれた鋼製車で、アルミ車に似せた
灰色塗装がなされたもの。同時に冷房化された。

そして20年以上、そのままの姿で異彩を放っている。

どうもこの灰色、どこか関西快速色の113系や153系を
彷彿とさせる色遣いである。

ダンナ小学校の頃は、3018-3019-3619+3609と組まれ
編成の中間にいて3000系では唯一の先頭車封じ込め
編成だったが、元々クハのみ大量増備時には普通に
見られた編成ではあった。要するに3018編成だけ残存
したということであろう。そう言えば3619~3622は3000~
3003と交換したらしいOK台車を履いていて実は乗り心地
が良く、3100編成入りした後もそのままであったが、のち
現在のKW台車に交換されている。
3619cp
3619号車に搭載されているコンプレッサー

なお、3100-3101と編成を組んだ際、コンプレッサーが
取り付けられており(3000系の金属バネ台車編成は
クモハに2基集中搭載されているため、クハは未搭載)
この形のコンプレッサーは山陽では3619号車にしか
載っていないタイプのものである。(形式忘れたが。)

どうでも良いことだが、山陽って今のところクリーム1色
しか塗料は必要ないはずなのだが、この1両のために
灰色を用意してるんだろうな~と。
ご苦労なことである。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008年7月 8日 (火)

コトデンバス 日野P-RU638BB

コトデンバス大阪営業所はB9がまだ貸切で
活躍する、言わば230が現役で走っていた
八千代タクシーみたいなところではあったが、
もちろん(?)普通のバスも在籍した。

Koto299
香川22き299 ← (旧)大阪22あ5518
日野P-RU638BB(日野)1986年式

大阪から引き上げた車両は香川で再登録された
が、旧型車は乗合転用され貸切車として再起した
のはエアロとブルーリボンだけであった。
写真の「299」は香川に移った仲間16両のうちの
トップナンバーである。

思えばブルーリボンも旧型バスの部類であるが、
あまり古さを感じない落ち着いたデザインに好感
が持てる。まあ、今となっては古臭いが・・・。
(撮影 1995年)

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2008年7月 7日 (月)

コトデンバス 三菱ふそうB905N

西日本総合開発さまから
コトデンバス大阪営業所のお話を伺い、ふと写真を
引っ張り出してきたのでご紹介する。
もっとも詳しい解説はOKMRさまにお願いしたいが・・・。

313f

313r
香川22き313 ← (旧)大阪22あ2126
三菱ふそうB905N(呉羽)1975年式

大阪を畳むとき最後に引き上げてきたうちの1両で
唯一のB9。もちろん貸切であったが、香川入り後は
完全に”田舎の路線バス”然としていた。

ところで、ワンマンカーは後扉が必須であり、
このような貸切転用車で前扉だけの場合は
ワンマン構造要件緩和を申請しているはずだが、
台数が多いだけに用意する書類はハンパなもの
ではなかったはず。

お上も緩かったのだろうか?

| | コメント (11) | トラックバック (0)