一畑薬師へ

松江市役所を西へ行くと、一畑電車通称バタデンの乗り場があるはず。にしても、以前感じたより距離があるような・・・。トシか?

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松江しんじ湖温泉駅。旧称松江温泉駅。レトロな駅舎は取り壊され、モダンなガラス張りの建物に変わっていた。中井貴一主演の映画「RAILWAYS」の文字も見える。40歳で電車運転士を目指すのは”実際”大変です。ダンナが前に来たときは元西武451形の80形がいたり、もちろんデハニ50も現役だったのだが、ホームにいたのは・・・、

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東急1000やないかい!南海21000か京王5000に乗りたかったダンナにとって、これは最悪の展開である。かと言って次の列車まで1時間も待つ気はない。やむを得ず券売機に向かうと、途中下車できる駅名が書いてある。「一畑口って途中下車できるんや。」ということで、出雲市駅まで買う。電車に乗ろうと思ったら、駅係員が「どこまで行かれますか?」と聞いてきたので「お薬師さん(一畑薬師)に行こうと思ってます。」と言うと、親切にも一畑口駅にタクシーの手配をしてくれた。さっき途中下車できるかどうか聞いただけだが、そうやって声を掛けてくる。「おもてなし」精神の行き届いた会社である。電車が東急でもガマンする。

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電車は宍道湖北岸を進む。車窓には美しい湖畔の景色が広がる。せめて電車の窓ガラスはもう少しきれいに拭いてほしかったかな~。

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一畑口には一畑系タクシーが来ていた。以前と変わらぬ白赤ツートンのボディが良い。Y31も最近珍しくなった。4速コラムの6人乗りも、そのうち過去の遺物と化すのだろうが・・・。

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ダンナ、一畑口から戦時中撤去された一畑電鉄の本来の終点に行けば、一畑寺は近所なのだろうと思っていたが、タクシーはどんどんドライブウェイを山頂まで登って行った。宍道湖は眼下、遥か下界である。電車がもし終点まで残っていたとしても、そこは山道の入口に過ぎなかったらしい。まあ、この時代の参詣鉄道というのは、こういうものかも知れないけれども・・・。確かに不要不急の路線ではあるな~。

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御朱印をいただいた。ここは目の病気にご利益があることで有名。須磨寺の境内にも「一畑薬師」が勧請されているのはご存じだろうか?

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さてさて、同じタクシーで一畑口に戻ったダンナ一行。松江行きの京王5000系復刻塗装が出て行くところ。乗るわけじゃないが撮りたかった・・・。出雲市行きで来たのは元南海21000系。とりあえずこれに乗らないと。現在絶賛置換え中。お薬師さんに行くタクシーの運転手さんの情報では南海カラーに復元した車両はもうスクラップになったというし。

が、である。喜んで乗っていたのに途中から乗って来た女子中学生一団がふざけ合っているうちに車両のガラスを割ってしまい、怪我をするという「事件」が発生。駅で長時間停車するわ雲州平田で車両交換、京王車に代えられてしまうわ、と10分は軽く遅れた。別に急いでいないので構わない。まあハップニングというやつで。

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というか、驚いたのは出雲市駅が高架になっていたこと、なのである。

いよいよ翌日、出雲大社へ向かう。

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美濃一宮 南宮大社

畿内全一宮を回ってしまったダンナとおかみ。なかなか周辺と言っても遠くなり始めている今日この頃。但馬にも行きたいが雪が・・・。というわけで伊勢一宮か美濃一宮かと思案しつつ、今回は美濃へ。

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名神の伊吹PAで見つけた200系ハイエース。東急鯱バスを勝手に連想してしまったが、全体に白ばかりの営業車の世界で、きちんと塗っているのは珍しい。敦賀名産のかまぼこ屋さんらしいが・・・。

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伊吹山が綺麗に見えました。

関ヶ原インターで降りて国道21号を東上することしばし。途中「桃配山」を横目に。関ヶ原戦史には詳しくないが、さすがに家康が布陣した「桃配山」は分かる。「おお~っ!ここか。」と感慨にふけりつつ今日は寄らない。

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美濃一宮 南宮大社。主祭神は金山彦命で、全国の鉱山・金属業の総本山という。建造物は神社としては比較的古く、関ヶ原の戦いで焼失した後、徳川家光により再建されたもの。春日局が美濃出身であるため篤く崇敬されたらしい。崇神天皇の時代からあるというが、崇神は歴史学的に実在する天皇と考えられているので、創建年代としては確度が高いような気がする。

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御朱印。ダンナ&おかみの朱印帳も20年近く使用して最後のページが近くなり、どうもハンコが押しにくいらしい。この日もどうやら真ん中がうまく付かなかったらしく、謝っておられたが、構いませんよ。これもまた旅の思い出です。

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神社の門前にはそれなりに商店があるが、にしても、HOゲージのキットでも組み立てて並べたような、妙に「それらしい」”不自然さ”があるように感じるのは、なぜだろう・・・。

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あっさりと神社を出て来た一行。JR垂井駅で周辺に何か観光地が無いか探す。垂井は竹中半兵衛ゆかりの地で、銅像なんかもある。

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竹中家陣屋跡。陣屋というよりは小規模な城で、堀も作られている。現在は小学校の敷地となり、校門として利用されている。

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五明稲荷。竹中半兵衛が黒田官兵衛の嫡男長政(松寿丸)をかくまった地であるという。樹齢400年の銀杏はその長政が植えたというが、それはともかく同時代の木ではある。

垂井は宿場町としての風情が残る町並みもあり、まあ~、他とセットならいいけど、ここだけのために来るのはちょっと物足りんかな~、という感じか。

てなわけで、移動・・・。
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突然、名鉄美濃駅跡へ。とは言っても垂井からは遠すぎ。16:30の閉館時刻に間に合わず。ちょっと無茶だった。

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ここ、ダンナ2回目の訪問。1度目はまだ新関まで路線があった2003年6月のこと。その2年後に全線廃止となった。当時590や左端の旧札幌のは現役でいたはず。

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と、写真を探すと出て来た。もうあれから12年も経つのか~。は、早すぎる・・・。

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伏見稲荷大社から伏見の町へ(その2)

日が空くと忘れてしまいそうになるが、まあともかく。

伏見稲荷を後に、ダンナ一家、伏見の町へ出ることにする。京阪電車で中書島へ。それにしても京都市内の京阪車内は、ダンナ一家のような家族に優しい。席を譲ってくれた紳士、自分は中書島で降りるから、と席を譲ろうとした奥さん。「いや、僕らも中書島で降りるので。」と断ったが、残念ながら地元の鉄道では見られない光景である。

ダンナ的には街歩きしたかったが、コッコ1号の「電車撮りたい」希望があったのをダマして伏見稲荷に連れて行った手前、撮影に時間を割くしかない。この寒いのにホームに立ちんぼは正直辛い。おかみは完全防寒でベンチに座っている。

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にしても子供は寒さに強い。2200系はダンナも撮りたい。次は大和田にでも行くか。

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7000系だけれども後ろは6000系から編入された変形編成(のはず)。

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3000系もすっかり本線特急が板に付いたようで・・・。

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「月桂冠」の酒蔵が立ち並ぶ一角。伏見と言えばこんな風景かと。

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あまりにも有名な寺田屋。現在の建物は明治以降の再建である。

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「マッサン」ロケ地の一つ。住吉酒造として登場した松本酒造。風情ある建物群が魅力的。ドラマでは何となくのどかな雰囲気だったが、実際は幹線道路や高速道路が近くにあり、十分現代的な街中である。さすが、うまく撮るものである。

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時系列的にはもっと明るいうちに来て熱燗を一杯飲んだ黄桜カッパカントリー。日が暮れるとライトアップしていたので、また撮影。

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当然、宇治茶を売る店は多い。

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行きには気付かなかった古い銭湯「新地湯」。この名前からして旧遊郭エリアだと自称しているようなものだが、にしても「まんま」である。

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帰りも京阪。コッコ1号の流し撮り。もはやダンナには追い付けない技術を身に付けつつある。

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伏見稲荷大社から伏見の町へ(その1)

アニメ(ばっかり観てるような気がする。このトシになってアニオタというのもイタいが、子供をダシにしているとも言える。まあ、ともかく)「いなり、こんこん、恋いろは。」とかいう伏見稲荷がそのまんま出てくるのがある。ダンナ、京都にはたいがいよく行っているほうだが、なぜか伏見方面に足を伸ばしたことはなく、従ってかの伏見稲荷に行ったことが無かった。豊川稲荷には先日行ってしまったわけだが。

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伏見稲荷には京阪で行く手もあるが、神戸市民としてはTime is money、新快速で京都まで一直線。チケット屋で片道630円の昼トクきっぷを購入する。最近知ったのだがこの切符、1枚で子供2人が乗れるのである。JRは私鉄と異なり半額切符の場合端数切り捨てとなるので、このような処置が可能なのであろう。それはともかく。京都駅で奈良線に乗り換え。そうそう、ダンナの狙いはここで103系に乗ることであったりする。オリジナルの低運転台がまだまだ活躍する「聖地」でもある。

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稲荷駅で降車後、コッコ2号がトイレに行っている間にホーム撮影。103系、何気に珍しい存在になっている事実と、いや、まあ103系だし、みたいな気分が交錯する。にしても今撮っておかねば後悔するに違いない。

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稲荷駅って本当に駅の前が伏見稲荷だ。というか、鳥居の前に駅を作ったというのが正しい。この鳥居、明神鳥居系だが柱の上に輪っかが付いている。これが稲荷鳥居である。そりゃまあ、稲荷の総本山であるがゆえ、正しい稲荷鳥居があるのは当たり前である。にしても、若い人多いな。女の子も多い。外人も多い。賑わっているのは良いことだ。

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なんだ、この横断幕。”行って良かった”外国人に人気の観光スポット2014の第1位に輝いたらしい、伏見稲荷。で、こういうものを掲げてしまう。この大らかさが日本の神様らしい。

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手水には作法が図示されている。また柄杓に口を付けないよう英語での表記もある。ダンナ、アニメで稲荷神ウカミタマが女性に描かれているのを見て、おかみと一緒に「ウカミタマってオトコじゃなかったか?」、とエエ加減な記憶で話していたが、どうやら本当に女神だと考えられているらしい。もちろん、断じてキツネではない。(当たり前じゃ!)

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恐らく外国人が来て喜ぶのは、この無数の鳥居群ではないか、と。千本鳥居などというが、実際は1万本くらいあるらしい。またどのようなルールで更新されているのか知らんが、たいてい平成10年代後半からここ数年のものである。2時間くらいかければ稲荷山中を巡れるが、そんな時間は今ないので、適当に途中で引き返す。この罰当たり。

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もはや、多くののぼりと誘導看板を設置しないと「御朱印ガール」は捌けなくなったらしい。会館の屋上にまで「朱印授与所」と横断幕。ここまで徹底しているのは初めて見た。

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御朱印である。

御朱印をいただいたダンナ一家は伏見稲荷を後に伏見の町へ向かうため、京阪電車の伏見稲荷駅へ向かうことにする。

以下、続く。

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下鴨神社から上賀茂神社へ

アニメ「有頂天家族」を観てからというもの、京都は下鴨神社に行きたくてしょうがなくなったダンナ。ここが山城国一宮であるという大義名分を得て、神戸三宮から阪急電車に乗車した。大山崎のあたりでサントリーの醸造所が見えるお馴染みの風景も、「マッサン」を毎回欠かさず見ているコッコ共には新鮮であるらしく、車中で「ポットスチルが!」と騒ぐ。恥ずかしいような気もするが、深夜アニメの何かを口にされるよりずいぶん健康的である。まあ子供らしくていいじゃないですか。

さて、終点河原町で9300系から降車したダンナ一家は、晴れているのに底冷えのする京都の繁華街に出た。鴨川の向こうには、そう、「弁天さま」が飛んでいた南座の屋根。その黒い屋根に斜めに降り注ぐ「雪」が見えた。出かけるなら昨日だったかな、と反省しつつ京阪祇園四条駅へ。まず下鴨神社に向かうため出町柳駅まで京阪特急に乗る。

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ほんの数分だがダブルデッカーに乗ってしまう。こんなに短い時間なのにコッコ共、同乗の「ネットで折り紙クラブをやっている」という方に作品をもらっていた。子供は得である。

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駅を出るとすぐ案内看板があり、「糺の森」へ誘導される。ここでも嫌われたか雪がかなり降ってきた。やれやれ。森の入口左手の第一摂社「河合神社」へ向かう。かの鴨長明はこの神社の家系である。ダンナ一家、正しく手水を。①まず柄杓を右手で持ち、水をすくって左手を清める。②柄杓を左手に持ち替え、水をすくって右手を清める。③右手に持ち替えて水をすくい、左手に受けて口を漱ぐ。柄杓に口を付けてはいけない。④口をつけた左手を清める。⑤最後に水を入れた柄杓を立て、自分が触った柄の部分を清める。この作法、よく図入りで描かれているので知っている方も多かろう。現在ではコッコ2匹とも身に付けている。さすがダンナとおかみの子供だけのことはある。

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糺の森を抜けると門が見えてくる。嘘のような晴天になった。

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しかし、寒い・・・。

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山城國一之宮「賀茂御祖(かもみおや)神社」とある。下鴨神社は通称である。「御朱印ガール」が増加したために、窓口に並ぶ若い女性が多くなった。巫女さんも美人で気分は上々である。使っている朱印帳は平成8年からの19年ものだが、立葵か緑色のスタンプは初めてである。

さて、もう一つの一宮は同じ賀茂社の上賀茂神社である。鉄道の最寄駅が無いのでバスに乗るしかないのだが、地図上では鴨川を遡れば行けそう。3㎞程度あるが「1時間も歩けば行けるだろう」と安易に考え、鴨川べりまで行ってみる。腹も減ったしローソンで買ったおにぎりを河原で食べよう。

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晴れているのに雪が・・・。それに川べりは吹きさらしで街中より寒いという、当たり前の事実に気付いたがもう遅い。さすが京都は寒さが違う。とても呑気に座って食べている場合ではない。

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とは言っても歩けば体もほどよく温まる。50分くらいかかっただろうか。上賀茂神社前に到着。

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ここでも受付に並ぶ「御朱印ガール」のみなさん。最近どこに行っても結構こんな感じ。ダンナが四国八十八箇所を回り始めたときは、御朱印帳を持っている若い人なんて珍しかったものだが、ブームもあって今は普通だもんな~。時代は変わったものである。

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こちらも山城国一之宮「賀茂別雷(かもわけいかづち)神社」と。もちろん上賀茂神社は通称だ。下鴨神社と共に今年遷宮だが、上賀茂のほうはご朱印が終わりそうな所で、横から別の巫女さんが手を出して、小さいスタンプを右側にひょいと押してくれた。「遷宮記念限定スタンプ」らしい。ブームにあやかって神様だって何でもするのだ。

さてさて、帰りに出町柳から京阪特急に乗る!と主張していたコッコ1号ではあるが、神社の前から市バスに乗せると疲れたと見えて挫折。

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この赤帯のやつ、何とかならんのか。(上賀茂神社前)

どこで降りようかと思いつつ京都駅まで乗り、チケット屋を探して4人分2,040円で三宮まで切符を買って、新快速で帰って来たのであった。

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あっ、そうそう。ダンナ、まだ一度も京都タワーに登ったことがない。

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2015年の初詣

このところ初詣と言えば「どこかの一宮」に行ったり、はたまた何か(と言うのはおかみが言い出したりするもので・・・。)に因んだ神社に行ったりと、神戸の神社からはとんとご無沙汰しているダンナ一家ではあるが、2015年の今年はさてどこに行ったかと言うと。

紀伊国「一宮」であった。(結局「一宮」かい!)

和歌山まで所要2時間と見てクルマを飛ばしていると、阪神高速3号線との合流地点でまさかの渋滞30分!おまけに泉佐野から阪和道に入ったところで渋滞30分!というわけで、和歌山に着くのが大幅に遅延。

何となく「や~」な予感。というのも、紀伊一宮は3ヵ所ある。最初に目指す伊太祁曽神社は実は3度目の訪問なのである。1度目は朱印帳を忘れ参拝のみ。2度目は時間が遅すぎてご朱印もらえず、おまけに和歌山電鐡伊太祁曽駅前でカングーをポールにぶつける始末。

というわけで3度目の正直というやつ。天気も良いし、いや少し怪しいか。

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今や「タマ駅長」ですっかり有名になった貴志川線改め和歌山電鐡。伊太祁曽駅は文字通り伊太祁曽神社の真ん前にあり、車庫もある。「ニタマ駅長」殿が勤務しておられる。

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無事参拝、ご朱印もいただく。バイトの巫女さん(まあ、正月増員の高校生だろうが・・・。)が可愛いかったのはラッキー。

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ご朱印にある「木の国 一之宮」。紀伊すなわち「紀の国」とは、本来「木の国」と書くのが正しい。下の「参拝記念」というか「記念」と押してしまうのは少し珍しいかも。

ところが、である。一転にわかに掻き曇り、というか少し怪しい空模様だったのが、雪がちらほらと。「何とか駐車場まで行けるか。」という期待も空しくご覧のような状況に・・・。

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ちなみに、和歌山市内である。ここ。

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写真1枚目の伊太祁曽駅も、雪景色に。雪まみれになりながらもカメラを出してしまうアホなダンナではある。

というわけで、3度目にして「どうやら伊太祁曽さんには嫌われているらしい」、と悟った。やれやれ。

次いで和歌山電鐡沿いを和歌山方面へ。これも沿線にあるもう一つの一宮、日前(ひのくま)神宮に行く。

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さっきまでの天気がウソのような。しかし寒い。石碑にある通り2社で一つである。参道を歩くと途中で左右に分かれていて、同じ規模の神社が2つ並んでいる。

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左側が日前神宮。

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そして右側が国懸(くにかかす)神宮。

この2社。我が国では最古級の神社で、共にご神体は鏡である。この鏡、伊勢神宮(正式名称は単に「神宮」)のご神体に先立って作られた試作品(失敗品?)であると言う。今でも相当広大な敷地だが、元々この5倍はあったというからさすがである。

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ご朱印。2社であるがゆえ、一瞬2つ(料金が倍になるとか)かと思ったが、うまく一つにまとまっていた。こちらは「木の国」ではなく「紀伊国」と書かれている。

もう一つの一宮は次の宿題ということで慌ただしく和歌山を後に。

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何とか加太の淡嶋神社へ到着。全国の淡嶋神社の総本社であるが、何と言っても有名なのは境内に無数に置かれた人形の姿であろう。にしても風がビュービューと大荒れの天候で、早々に退散・・・。

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伊賀一宮 敢國神社

今まで一度も行ったことが無かったのに、最近「行って良かった」と思った伊賀上野。思えばなぜ行くことになったのか。話は2年以上前に遡るのだが、3月も終わりごろになって桜はまだだが「梅は間に合うか。」と新聞を見ていた。で、「月ヶ瀬梅渓」がヒット、行ってみたというわけである。まあ梅林というやつは、それなりに鄙びた場所にあるというべきで、月ヶ瀬もそうだったのだが、時間が余ったので町内の温泉施設に行ってみたら、多分町と指定管理者が揉めたらしく営業していなかった。行くところが無くなったので仕方なく地図を見ていたら、伊賀上野が近かったというだけである。

上野は、少し離れた場所から望むと山に囲まれ、中央に城跡があり、非常に落ち着いた雰囲気の町である。で、コッコ共はそこでたくさんの人が忍者の恰好をして歩いているのを見て、実際衣装を貸してくれるので「着たい」と騒いだわけだが、時間が遅くて借りられなかったため翌週に今度は伊賀上野を目指して来てしまったという話なのだ。にもかかわらず伊賀国一宮のことをすっかり忘れていた。

で、今年。新名神をダンナ的には実は伊勢方面へ向けて走っていたのだが少し出てくるのが遅かった。やむなく途中で高速を降りたら、またしても伊賀が近かったのである。(当然伊賀に来るなら名阪国道を使うべきである。)

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途中、立ち寄った「道の駅あやま」で奈良交通のセレガRを発見。いや、珍しいクルマではないが、きれいに撮れそうだったので。それにしても、寒い!

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伊賀一宮 敢國(あえくに)神社。伊賀上野(現在は伊賀市なんだそうだが、駅名もあって上野市というほうがしっくりする。)の市内中心からは、やや離れている。バスもあるけど現実的にはクルマで来るしかない。鳥居は宮島と同じ足の多いもの。「両部鳥居」というらしい。宮島以外だと気比神宮で見たかな、このタイプ。

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とにかくコッコ共、手水は使うらしい。参拝前に手や口を清めること、良い心がけである。信仰の有無に関わらず、礼は失してはいけない。

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拝殿から奥は石段の上にある。主祭神は四道将軍の1人、大彦命とある。北陸地方を平定した後、伊賀を開拓したという。当地「あべ」姓の始祖とのこと。

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御朱印。この日は人も少なく静かな雰囲気だったのに、御朱印ブームとあってここだけ順番待ちであった。

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上野に来ると必ず立ち寄るのがここ。

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鎌田製菓の「かたやき」。忍者の保存食だったとか、ふやかして食べるんだとか・・・。にしても硬い。歯が丈夫でないと食べられないな、これは。ほのかな甘さが素朴で美味しい。コッコ2号など与えておけば食べるのに時間がかかって、その間大人しくしているので良い。

今日は市内観光はなし。駅前の、いかにも昭和な「上野市産業会館」は取り壊されて無くなっていた。
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在りし日の上野市産業会館。背後に新しいビルが建ち、取り壊し寸前の状態ではあった。銅像は上野出身の松尾芭蕉。(撮影2012.4.1)

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朝から温泉

道後温泉本館のすぐそばに泊まっているのである。もちろん朝から入りに行く。常識。

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もっと早く来たかったが、この時点で8時ちょうど。十分早いような気もするが。

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伊佐爾波神社の石段。このトシになるとキツいぞ。途中までは良いのだが、急に来るぞ、膝に・・・。オッサンだから仕方ないのだが。

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伊予鉄道の道後温泉駅。1日乗車券を入手。しかし、勿体ないくらい好天に恵まれた。こんな日に家にいなくて良かった良かった。

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路面電車で大街道に出て、とりあえず松山城に行く。現存十二城の一つ。とは言え松山空襲で天守閣以外のほとんどの建物は焼失している。よく天守が残ったものである。重要文化財。晴れていたのと非常に暖かかったので、多くの人出で賑わっていた。

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天守より市街地西方を望む。

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愛媛では水道をひねると蛇口から「ポンジュース」が出るらしい。

一旦松山市駅(通称市駅)に出る。しばし電車・バスを撮影。

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「坊ちゃん列車」第2編成。
完全なオフシーズンのため、第1編成は検査中なのか日曜日にも関わらず運休列車が目立つ。

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市駅で名物の人力転回。ターンテーブルが車両側に付いている。すごいアイデアだが必ず線路から外している点、大丈夫なのだろうか。軌道だから良いのだろうか・・・?

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客車も乗務員が押す。この一連の作業そのものが見せ場である。

運行開始以来10年以上が経つが、多くの観光客がカメラを向ける。松山市の名物として定着していることがよくわかる。

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車内も雰囲気十分。

蒸機に見えるが実際はDL。走り始めるとエンジン音と排気ガス臭が気になるが、都市部でSLを走らせるわけにもいかず、ある程度やむを得ない。どちらかと言うと乗るより撮るほうが良いように思う。それにしても夏目漱石の小説にちょこっと出てきたというだけで、この全国的知名度。冷静に考えても恐るべし。

道後温泉まで乗り、ダンナ+1号、おかみ+2号に分かれて、ダンナのほうは電車の撮影に出撃する。

日本有数の歴史を誇る伊予鉄道。関心のある方はクリックを。
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今回の寺社仏閣

飛騨や越中くんだりまで萌えキャラを見に行くわけではないので、とりあえず通常運行。最近ダンナとおかみがハマッている「一ノ宮巡り」。専用の朱印帳を作ると「回らなければならない」強迫観念に付き纏われるので、要するに旅先にあれば詣でる、という姿勢である。

では。

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ここは「飛騨一ノ宮」水無神社。

ここの「いきびな祭り」はアニメ「氷菓」最終回に登場したらしい。神社とアニメのコラボ企画でオタ2,500人が集まったというから、実際侮れない。この日は静寂につつまれ心洗われる気持ちになれたが、これが日常なのだろう。

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朱印いただきました。「飛騨一ノ宮」としっかり押されています。

さて、次。

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高岡古城公園にある射水神社。越中一ノ宮の一つ。実は越中、一ノ宮が4つある。

一国一城令により廃城となった後も堀など完全な状態を残す高岡城。城内にある射水神社は歴史は古いが城内には明治時代に移ってきたもの。

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「越中一ノ宮」この部分はスタンプのようだが・・・。ちなみに巫女さん、社務所に近づくまでは非常に胡散臭い目で我々夫婦を眺めていたのだが、「ご朱印、いただけますか?」と言った瞬間、態度が激変し満面の笑み。

これ以外にも

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高山市櫻山八幡宮。全国的に知られる高山祭で有名。

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全てではないが屋台は神社脇の展示館で見ることができる。解説は巫女さんがしてくれる。

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もちろん、ここでも朱印。

最後は

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高岡市随一の名刹、瑞龍寺。富山県唯一の国宝建築物。真夏に青い芝生が目に染みる。加賀前田家の力を知ることが出来る。

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こちらは「納経」ですね。







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初詣その2

3が日の最終日。ダンナ一家は東大阪へクルマを走らせた。

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やって来たのは河内一宮である枚岡神社である。ダンナ、以前から一度行ってみたいと思っていたのだが、ちょうど初詣という形で実現したものである。各国の一宮は以前から回っているが、ここの窓口で「一宮朱印帳」なるものが3,000円で販売されているのを発見、めちゃくちゃ心が動かされた。行き直すなら今のような気もする。備後や加賀はやり直しの限界だが、まだましか。出羽とか陸奥なんぞに行っていたら挫折しそうやもんね~。この前は和泉で振られてまた行かなあかんし・・・。

いや、そんな話ではなくて。枚岡神社は元春日、すなわち春日大社はここから勧請された神社なのである。春日大社は藤原氏の氏神であり、枚岡神社の周辺が藤原氏の地盤であるということである。鳥居左右の像や、手水で水を吹くのは「鹿」。さすがである。恐らく元々は山がご神体、日本で最も古い神社の一つである。

あと・・・、神社前の住所表示にある「豊浦」「出雲」という地名は何なのだろう。いずれも藤原にとっては敗者ではないのか・・・?

ちなみに近鉄奈良線枚岡駅は参道にある鳥居の真ん前にある。ここまで神社に近い参道を鉄道が横切るなど不敬極まりないが、大軌が開通した時代、すでに神社も鉄道駅が近接すれば参拝客が増加するという「win-win関係」にあったのだろう。

さて、枚岡神社を後にして、近所の石切劔箭神社いわゆる「石切さん」に行ってみる。

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クルマで来たので近鉄けいはんな線新石切駅のほうから回ったのだが、本来は奈良線石切駅から「怪しげな参道」を通って参拝するのが「正しい」いや「楽しい」。それにしてもすごい人出である。通常期でも境内はお百度を踏む集団が駆け巡り、活気のある神社なのだが、さすがに初詣期はお百度できる雰囲気ではない。それにしても某サイトで「下品な民間信仰の牙城」と記されていたが、これほど生きた信仰を感じさせる神社も珍しいのではないか。こういう雰囲気、なかなかよろしい。

ダンナ、小学校のとき手のひらに魚の目が出来、なかなか取れないので石切さんに参拝してお払いしてもらったのだが、あら不思議、それからしばらくしてポロッと取れたことがある。

霊験あらたか、と思うことにしている。そのほうが人生豊かに過ごせるものだ。

ちなみに石切さんは「ニギハヤヒ」を祀る。天孫降臨より前にこの地に降り立っていたという。これはすなわち出雲同様征服されたか恭順した大和朝廷以前の支配者なのだろうか?タタリを恐れ神としてこの地に祀られたのだろうか。怪しい・・・。

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今回2社の朱印。枚岡神社の「神気」。神を感じその気をいただく。確かに古代からの「気」を感じさせる空間ではあった。

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