神戸市電1155(その後)

摩耶ケーブルで下りてきた後、JR六甲道から阪神大石、阪神電車で青木駅へやって来たSKT一行。昔、本山交通公園と呼ばれていた「小寄公園」にやって来た。

ここには神戸市電で唯一原型で残る1150形の1155号がまだ鎮座している。

10

以前訪問の模様は「ここ」をご覧いただくとして、残念ながら相当に荒廃している。当時の姿を維持し、震災を乗り越え、一度は美しくよみがえった車両である。だがしかし屋外展示の難しさ、何より先立つものが・・・。

重鎮T氏「もう長くはないな・・・。」
同意したくはないが、みな頷くしかなかった。

11

ちなみに、神戸市電をよく知る方、あるいは広島電鉄ファンの方であれば言うまでもないことなのだろうが、この車両、前面窓部分のみ僅かに傾斜しているのである。方向幕部分は垂直に戻る。模型では再現しにくい部分だ。

12

メンバーのY氏より提案。まあ、記念撮影くらいはしておきましょうよ、と。

さてさて、次に歩いて向かった先は・・・?

| | コメント (6) | トラックバック (0)

20年

いや、40歳を過ぎると考えることもある。人生も半ばを過ぎたと判断するのが良かろう。残りの人生のほうが少ないと想像したところでピンと来ないのだが。いや、そうではなくてバスの話。mixiに何気なく昔のバスの写真を載せたりしているのだが、

047f
神戸市交通局047 三菱ふそうK-MP107K 1980年式

例えばこの写真。高校時代、047が中間改装され局番レタリングが大きくなって出てきたので、キレイなうちにと撮ったものである。ダンナにとってはブルドック自体が新しいバスの部類であって、その認識が時代錯誤だということは十分承知しているのだが、かと言ってなかなか消えるものではない。

しかし、思う。この047が廃車されたのが恐らく1991年頃であって、それからすでに20年が経つということである。例えば、ダンナがバス撮影を始めた1984年頃、古いバスに関心があっても1964年に廃車になったようなバスは認識の外、すなわち神話時代のバスであったということである。1964年に廃車になるということは、1953年式くらいなのだが。いや、確かに神話時代である。

神戸市の日野が600番台だった、などという大先輩の話を、もうすでに他人事のような、そんな気持ちで聞いている自分を思うと、このブルドックの話さえ、今のバスファンの方々にとっては何ら共感を起こすことのない遠い世界の話

なのかも知れない、というか、に違いない・・・。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

十和田観光電鉄 いすゞBU10他

青森駅前のカプセルホテルを朝早く抜け出し、野辺地から南部縦貫鉄道に乗って七戸に出たダンナ。何もないその辺をうろついていると十和田観光電鉄七戸営業所にたどり着いた。多分、大方の南部縦貫乗車者が訪れたであろう営業所である。早速許可を得て車庫に入る。KBXのBUがうじゃうじゃいた。平面ガラス仕様はやはりカッコ良い。いずれも撮影は1993年9月のこと。

1876f2
青22か1876 いすゞBU10(川崎) 1979年式?

1878r2
青22か1878 いすゞBU10(川崎) 1979年式?3連テールじゃ。

2103f2
青22か2103 いすゞK-CLA500(川崎) 1980年式

実はこの前に盛岡でBUばかり見ていたので、どうもCJM系の顔が希少に思えず、あまり熱心に記録していない。今から思えば勿体ないが、デジカメ時代でもないので仕方ない。

そういう、思い出の七戸。
実はもう一つ、七戸でのクルマネタ。次の機会に。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

十和田観光電鉄 いすゞCRA650

オバQの続きというわけではないのだが、山陽バスの中古車がとうとう十和田観光にも出現したと聞き、所蔵の写真を引っ張り出してきた。

258f

258r
十和田観光電鉄 いすゞCRA650(川崎) 1977年式?
(1993年9月 青森駅)

ダンナ18きっぷで放浪していたときに青森駅前で撮ったもの。当時にしても「ボロい」感じがした。国際興業カラーだった貸切から塗り替えたものでナンバーも付替である。山陽の中古もこのカラーになっているようだ。何となく電車と同じ色遣いを意識しているが、車体が白いため雰囲気は異なる。この点、土佐電鉄の電車とバスの関係に似ている。しかし十和田観光の電車は今年廃止されてしまった。

余談だが、十和田観光のタクシーは国際興業貸切カラーを使っていて、本家のような小豆色ではないのが面白かった。この旅行中取り損ねたまま現在に至っている。まあ本家が小豆色だったというのも昔の話。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

オバQ

いつもお世話になっているOKMRさまの「OKMR crossing」にある「香川県の廃車体・オバQ」の写真を見て、同じ車両を「確か撮っていたような・・・。」と探すこと数年(もちろんずっと探していたわけではないが・・・。)、ようやくダンナ撮影分が見つかった。

Bu15kp_f

実は撮影許可を得ていないのだが。
OKMRさまの記事では、バンパーをトラックのものと交換したとあるが、この写真は原型のままである。恐らく1992年撮影。

Bu15kp_r_3

もちろん後ろも撮ってます。

最近、近所を通りかかったときも見たような気がするので、まだあるかも。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

赤い明石市バス

明石市バスが以前「赤かった」のを当たり前のように思っていたのだが、昔撮った写真を見ていると、恥ずかしながら何とも言えない違和感のようなものを覚えてしまうのである。

2144fs
明石市交通部2144 三菱ふそうK-MP118M(西工) 1981年式

これは多分震災前に「明石市バスが青くなった」のを撮りに、播磨観光タクシーさまやら大勢で出掛けたときのものだと記憶する。20年くらい前の写真である。

2424rs
明石市交通部2424 いすゞK-CJM520(川崎) 1982年式

こういった懐かしいモノコック車は赤塗装がしっくりくるのは当然だが、

4847fs
明石市交通部4847 三菱ふそうU-MP218K(西工) 1991年式

みたいな、何となく元々「赤い」イメージだったんだけれども、いつの間にやら青くなっていて青いイメージの染み付いてしまったクルマは、自分でも衝撃を受けるほど「赤」に違和感というか、妙な新鮮さを感じてしまったのだ。いや、今日写真を見ていて。

うん、こうすればお分かりいただけよう。

2424fsmono

この写真を見ると、「赤」だと思えるのだが、

4847fs_mono

この写真は、「青」のようにも思うという(実際は赤だが)、そんなお話。ちょっとコントラストが青にしてはきついかな、とか。

3609fs
明石市交通部3609 日産ディーゼルP‐U32K(西工) 1986年式

当時、車庫に1両だけいた塗り替えまもない青い個体。何とも新鮮だった記憶がある。周囲に写る赤い市バスがそれを物語る。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

常識

一昔前、と言うかつい最近まで

山陽バスって

Narabi1_1_2
こんなんやったよね~、と。その昔(要するに黄色くなる前)もこんな感じでBUが並んでいたっていう感じ。それが「常識」だったのである。

Dsc_0305_1
それが、こんなになっちゃうとはね~。それにしても西工、このカラーリング似合いすぎ。エアロスターはバンパーの滑り止めがちょっと「目の下にクマ」って感じかな。三菱も西工も窓上の黄色部分がもっと多いほうがバランスが良いとは思うが。

いや、そんな話ではなく、これが2012年の「現実」なのだ。

| | コメント (21) | トラックバック (0)

金魚鉢

尼崎市消防局にY30がいることを知ったダンナ、撮影のため出動。

Wy30_2
ダンナのクルマほど古い個体ではないがY30自体が貴重な存在の現在、とりあえず記録しておくことが必要な作業である。

実はこの1台のために尼崎まで行ったのだが、ついでにふと入った小道で。

71
ご存じ金魚鉢こと阪神国道線71形、こちら水明公園に保存の71号。色褪せてはいるが台車・床下機器も残り、保存状態は良いというべきだろう。各部に見える曲線が、同じ昭和初期の建築物にも通じる優雅なセンスを感じる。戦前における工業デザインのひとつの頂点を極めた傑作と言える。

74_1
水明公園よりやや東、蓬川公園に鎮座する74号。保存状態は71号と似たり寄ったり。あと79号が某所にあるらしく、国道線の保存車はこの3両のみである。

74_2
71号・74号ともに同じプレートが広告枠に収められていた。

産業遺産としては建築物ほど価値を認められていないが、昭和10年代前半の鉄道車両にはこのようなデザイン的に貴重なものがあり、集会所としてではなく鉄道車両としての保存措置を講じる必要があるのではないだろうか。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

姫路市営モノレール

姫路の手柄山中央公園に「手柄山交流ステーション」と称し、市営モノレール車両を駅ごと展示する施設が完成したので行ってみた。開業3日目、ダンナとしては非常に早く駆け付けたほうである。

06_2
当時のホームに停車状態で保存されたモノレール車両。営業休止した1974年から、2009年に一時公開されるまで実に35年、こうやって整備されるまで37年の月日が流れている。ダンナ現役時代を見ることはなかったが、以前からモノレール廃線跡を見ていただけに特別な感慨を持ってこの光景を見た。

05_3
車内。ちなみにモノレール車両は4両あり、今回こうやって日の目を見たのは両運転台の200形201、202号車である。片運転台の100形101、102号車は解体され部品展示とされているが、30年以上も人知れず残っていたのだから解体は惜しかったと思う。まあ2両展示は妥当な線だが、マニア的には100形、200形各1両ずつ残すべきだったかな、と。解体してしまったのでは片運車100形の連結面が判らんようになるではないか、と。模型製作者の視点ではあるが。

残念だったのはグッズ販売員。どこかのマニアがバイトでやっているのだろうが、客すなわちダンナが前に立っても「レイルマガジン」誌から目を離さず、もちろん挨拶もしない。おいおい。オレが「いぶき工房」のダンナだと知っての狼藉か?成敗してくれるわ。

01_2
モノレールだけでなく、先日廃業した市営バスの写真も展示されている。

資料展示を見ていると、某社の某氏に偶然会う。だいぶアルコール臭い状態で「日生から来た」と言うのだが、まさかクルマとちゃうやろな。お連れの方が運転しとるんやろな。

04_2
ホームには当時のままのこんな電照広告も・・・。

07
現在も大部分が残り、ある種”姫路名物”と化しているモノレール線路。ダンナ子供の頃は姫路駅部分もあったし、大部分というより「全部」残っていたものだが。

02_2

スタンプラリーに参加したために、名古山霊園に来ることに。告白するが手柄山中央公園に来たのは今日が生まれて初めてである。名古山も然り。

03_2

せっかく来たので仏舎利塔内部へ。中央にあるのが仏舎利だとか。いや、ホンモノだという。大体、世間の三重とか五重塔はそもそも仏舎利が納められているはず、というか、そのための建築物なのだが、まあ、それはともかく、ここのはホンモノらしい。

| | コメント (17) | トラックバック (0)

改良

いよいよ組立中の大川バス日野RC320P。基本的に前に作った小豆島バスの塗替え版なのだが、その後判った部分やシマバスとは違う部分に手を加えたりして、レベル向上に努めている。

02
今回新たに作ったテールランプ。ちょっと下向きで、内側がカーブしている感じがつかめればOK。実物はケースだけがこうなっていてレンズそのものはカーブしていないが、遠目には全体がこうなっているように見えるので、あえて表現してみた。

03
テールランプ取り付け状態。小豆島バスに付いていたような2連丸レンズのタイプは、やや外側に向けて付けるのが正解だが、今回のはきちんと後ろ向きに揃えるのが良い。しかし、我ながらニヤニヤしてしまう出来だ。勢いでRVも作ってしまいそうだ。

04
顔はふっくらパーツ取り付けでそれらしくなるわけだが、その後実車取材でベゼル両端に少し後退角が付いていることが判明、写真では分かりにくいがライト部分から外側に角度を設けた。その上でふっくらパーツにも切り込みを入れて角度を付けている。少しのことだが、ベゼル部分がやわらかな表情になり「似ている度」アップである。

05
これが実物。この程度なので無視できる範疇ではあるが・・・。

ここまで来て、失敗した部分を一つ。

01
本当はもっとヒサシ部分が前に出ているはずなのである。「おかしいな~」と調べると、RE101用の短いヒサシを使っていることが判った。RE100用の長いヒサシを使うつもりだったのだが、小豆島バス製作時から忘れていたらしい。この部分はシマバス共々修正して公開する予定。

次はRVか~!
いや、違うんですけれども、実は。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧