2008年4月 8日 (火)

定点撮影

先日「雨の日は電車三昧」での写真

09_20
大阪市交通局 中央線20系 弁天町駅(再掲)

実はこの場所、ダンナ子供の頃から交通科学館(当時)に
しょっちゅう行っていて、定点撮影しているのである。

901
弁天町駅。1977(昭和52)年ダンナ6歳。
車両は900形(旧6100形)。のちT車化。もちろん現存せず。

5588
弁天町駅。1974(昭和49)年ダンナ3歳。
白黒写真もさることながら、旧塗装の50系が泣かせる。

こののち、ここで写真を撮るのはコッコjrか?
どんな車両が活躍していることだろう。

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2008年3月 1日 (土)

西武101系非冷房車と551系 1975年

二枚橋さまのリクエストにお応えして・・・。

1月26日の「30年前の西武電車」とそう変わらない
時代であるが、ダンナ父が撮っていた1975年の
写真が出てきた。

Seibu101_2
西武101系 非冷房車。

先日の写真では冷房の有無が判然としなかったが
この写真ははっきりと「クーラーが無い」ことが分かる。

Seibu551_1
西武551系

いかがでしたか?

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2008年2月27日 (水)

EF5860

いつもお世話になっている二枚橋さまのブログ
日高見製作所 資料室」からの情報によると
JR東日本にいる「EF5861」が廃車になるらしい。
機関車時代の終焉に旧型機であるゴハチが
まだ残っていることはある種感慨深いものがある。

あまりにも有名な「ロクイチ」についてダンナから書く
ようなことは何もないが、EF58そのものについては
「焼け跡のバラックを見下ろして走ったデッキ付きの」
と言う時代、そして「青大将」を牽いた黄金時代を
全く知らない世代であり、ダンナが知っているのは
近所の山陽本線で荷物列車や団体列車の先頭に
立っている比較的地味な姿である。

とは言え、EF65PFが牽いてくるブルートレインが
昼間通らない神戸の小学生たちにとって、黒い
EH10の貨物と共にスマートなEF58に人気があった
のは事実である。
(大量廃車が出始め、ゴハチブームが起こるのは
その少し後のことと思う。)

5860
EF5860 大阪駅 1982年6月6日

この写真。大阪駅で荷物列車の先頭に立つのは
ロクイチの僚機、60号機である。お召し予備機として
製造されたが、すでに廃車され保存されることなく
スクラップとなった。EF58が見慣れた存在であっても、
茶色のゴハチは60と61の2両しかなく珍しいため、
さすがにホームの端まで走って撮ったのをよく覚えて
いる。

先日、会社の後輩(明らかにテツ)が

「荷物列車って何ですか?
  貨物列車とどこが違うのですか?」


と聞いてきた。
世代間にギャップがあるのは当然のことだが、
彼らにとってのEF58とはもはやイベント用に現れる
保存機の世界にいる機関車なのだろう。

「機械」である以上、それは仕方ないこととは言え・・・。

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2008年2月18日 (月)

30年前の南海軌道線

30年も経つと普通の写真が貴重になる。
先日来同じアルバムの写真を紹介し続けているが
久々に関西編。

205
南海平野線のモ205形。(1978年2月頃)

堺市内のLRT構想が動き出し、その様相が変わりそうな
阪堺電気軌道。写真はまだ南海の軌道線であった頃。
平野線は地下鉄谷町線延伸により1980年に廃線となった。
205形はかつての南海電車の雰囲気を残した車両で
深い緑色の車体にニス塗りの窓枠、南海らしいナンバー
の書体がよく似合っている。

ダンナ、平野線に乗ったのは
これが最初で最後ではなかったか。

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2008年1月28日 (月)

30年前の都電

と、こうなると何でも出しちゃえ~、ということに
なるわけで「30年前」シリーズ。
好評(?)につき第3弾。

Toden7000
1978年1月 都電7000形と6歳のダンナ
よじ登ってますが・・・。

さすがに都電は荒川線だけの時代。
7000形は車体更新車と原形が混在していた頃。
7500形はすでに青帯のワンマン車ばかりがネガに
残っている。
赤帯はこの7057号1両のみ捕捉しているが、
次の年の写真にすでに未更新車は写っていない。

この車両、戦後の最も路面電車が安定した時期
に作られたもので、初期のものは正面3枚窓で
あったがこの2枚窓デザインが決定版となった。
日本の路面電車代表作の一つといえる。
土佐電鉄600形は車体前後が絞られていない
みたいだが、基本的に都電のコピー版である。

Toden600
参考までに土電の600形。(2007.4.29撮影)

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2008年1月27日 (日)

30年前の東武電車

西武があれば東武もあるだろうということで。

Tobu7800
1978年1月、東武7800系と6歳のダンナ。
隣りは101系。

まあ隔世の感もあるが、この7800系シリーズは
細かく形式区分されつつ昭和30年代まで造られていた
車両。もちろん撮影当時の主力は8000系ではあったが
首都圏でもまだ吊掛け車が各社とも見られた頃である。

前パンタや貫通幌、配管、ジャンパー栓が
いわゆる”電車らしい”雰囲気を醸し出す。
古臭いけど良い顔をしている。

よく見ると「ナニワ工機」の銘板が顔に付いていることに
気付いた。そうか、尼崎生まれの電車だったんだ。

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2008年1月26日 (土)

30年前の西武電車

いつもお世話になっている二枚橋さまの
日高見製作所 資料室」に西武101系の写真があった。
引退間近とのことだったので、ふと自分のアルバムにも
西武電車が写っているものを探したのだが・・・。

初めて西武電車に乗ったときの写真が出てきた。
1978年1月である。(ちょうど30年前・・・)
Seibu101
101系と6歳のダンナ。

写真の時点で西武車両の決定版である。
20m3扉、正面非貫通、銀色の飾り帯や側ドアなど
絵本などでおなじみだったこともあり、
当時は何とも思わなかったが、
今から思えば強烈な個性の持ち主と言えるような気がする。

自社の所沢工場で製作されており、関西には無いタイプの
デザインであるが、これはこれで
明らかに「電車の好きな人間」が考えたカタチであると、
今になって思う。

Seibu551
こちらは551系と6歳のダンナ。
そもそも正面2枚の窓は独立していたのだが
この形式からくっつき、701系でライトが下に降りてきて
上の101系顔が確立する。
(101系と全然違う顔のようだが、よく見ると造形は同じ。)

鈍い赤色の塗装はさすがに遠い過去のような気がする。
(最初に黄色に塗った人間もすごい発想だが。)

これらの車両がいわゆる”西武電車”だと思っていた
ダンナにとって、

どうも青帯のステンレス車などは「違う。」
と思ったりもするのだが・・・。

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2007年4月12日 (木)

神鉄1000系

↓懐古趣味に入れると怒られそうだが

1103

神戸電鉄バリバリ現役の標準車1000系。
詳しく言えば最大勢力の1100形。
2扉の神鉄らしいスタイルが魅力的である。

ダンナ、この車両には少々思い入れがあって
と言っても「ドアの裏側」だが・・・。

1104i
↑ドア窓は外から見れば隅にRが付いているのだが
車内から(つまり裏から)見れば
角張った枠が入っているのである。

神戸の電車で他にこういうドアの車は無いんじゃないだろうか?

母親の実家へ行くのに利用していた神鉄。
阪急や阪神、山陽の電車から乗り換えて

このドアに出会ったとき

「おばあちゃんの家に行くんやな~」
と実感するのである。

ダンナにとっての神鉄とは
この角張ったドア窓の枠なのである。

1104i2
↑こういう普通のドアもあるわけで。
(おまけに1両に両方があったりするわけで・・・。)

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2007年2月19日 (月)

583系

ふと、別の写真を捜してアルバムを掘り返していたら
今から14年前、18きっぷで北海道に渡ったときの写真が出てきた。
583_2
これは青森駅。583系「はつかり」である。
もちろん、この旅行では東北本線で
いやになるほど715系1000番台の世話になったわけで

もう往時の13両編成など望むべくも無い時代ではあるが

国鉄時代の塗装のままそこに佇む姿は
当時何気なく撮った旅先の1枚ではあるものの
今思えば堂々として美しい。

ダンナは西日本の人間なので
先頭はクハネ581のほうがお好みではあるのだが。
まあまあ、それはともかく。

鉄道趣味というのは多分に懐古趣味である。
このトシになると・・・。

これから、話のネタが無いときに
写真が出てきたら、思い出とともに貼り付けるのも
いいかも知れない。よろしければお付き合いを。

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